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ジャーナリストの後藤千恵氏による『ロハス工学特論』特別講義を実施しました

『ロハス工学への期待~時代の転換点を楽しく生きるために~』

『ロハス工学への期待~時代の転換点を楽しく生きるために~』

6月23日(木)、大学院工学研究科の『ロハス工学特論』において、元NHK解説委員でジャーナリストの後藤千恵氏をお招きし、『ロハス工学への期待~時代の転換点を楽しく生きるために~』と題して講義を行いました。後藤氏はNHK解説委員として様々な社会課題を取材、被災地の復興を支援する番組のナビゲーターも務めました。土木工学科の岩城一郎教授に住民主体の橋のメンテナンスについて取材したことがきっかけで、ロハス工学に興味を持ったそうです。地球環境の危機や持続可能な社会の実現が叫ばれる中で、消費者として都会に身を置く自分の生き方に矛盾を感じて、昨年NHKを早期退職し、山口県宇部市の里山へ移住したという後藤氏。現在は熊本県天草市との二地域居住で、“農”ある暮らしを実践しながら、未来を楽しく切り拓く持続可能な生き方を提案しています。講義では、社会が抱える問題点を浮き彫りにし、その解決のために何をすべきかご教授いただくとともに、『ロハス工学』への期待についてお話いただきました。

『近代の“成功”が生み出した2つの危機』とは??

後藤氏はまず、学生たちに問いました。「22世紀のイメージは、“明るい”か“暗い”か?」。挙手の数は「暗い」が若干上回りました。次の問い「自分で社会を変えられると思うか?」には、圧倒的多数が「変えられない」に手を挙げました。後藤氏は「これからの1時間で、自分で社会を変えられると思う人が一人でも増えることを期待してお話したいと思います」と伝えました。

そして話題は、現代社会に迫りくる、近代の“成功”が生み出した『地球環境の危機』と『資本主義の危機』という2つの危機へ。今、気候変動に限らず、様々なリスクにより地球の限界が近づいています。日本は1960年代の高度成長期以降、大量生産・大量消費・大量廃棄の時代を突き進み、生活が豊かになった一方で、多くのCO2を排出し、地球環境に負荷をかけ続けてきました。「2050年までにCO2の排出を実質ゼロにしなければ、臨界点を越えて“灼熱の地球”へと暴走を始めると言われています。これをどう自分事として捉えられるかが問われています」と後藤氏は強く訴えました。

もう一つ、『資本主義の危機』。経済が成長し、富裕層が富を増やし続ける一方で、不安定な雇用が広がり、賃金は上がらず、格差が拡大。経済的に苦しい状況に追い込まれた人は社会的に孤立しがちで、自分自身の頑張りだけでは貧困から抜け出せずにいます。コロナ禍以前から日本社会に広がっていた病理を何とかしなければならず、そのためには『地球環境の危機』と『資本主義の危機』を同時に解決していく多様な取り組みが必要だと後藤氏は指摘しました。

ロハス工学に期待すること

後藤氏は、一人当たりのGDP(国内総生産)は増えても生活満足度は変わらず、人々はお金で買えない豊かさを求めていると分析。そして、「大量から少量へ」、「競争から共創へ」、「縦型からネットワーク型へ」、「自然支配から自然共生へ」と優越する価値が変わってきている。人が集中することによって多くの課題が引き起こされている“都市”から、土と触れ合う農ある暮らしができる“田舎”の価値が今後高まっていくだろうと示唆しました。さらに、本講義のテーマである『ロハス工学への期待』について、講義は展開していきました。

ロハス工学に期待することとして後藤氏がフォーカスしたのは、『人の力を引き出す』、『自然の力を引き出す』ということ。その着眼点は、まさに“目から鱗”でした。これまではより便利で効率的な暮らしを実現するための技術やサービスの開発が追求されてきました。でもこれからはエネルギーも食料もできるだけ地域で賄い、自給に近づけていく、逆にそれを楽しむ時代に変わっていくのではないか。また食料増産のために農薬や化学肥料で大地の力を奪い森林を破壊するのではなく、自然と共生し、土や木など自然の力を最大限引き出す取り組みが必要になるのではと提言しました。ここで後藤氏は、『ロハス工学』の教科書の序論に書かれている、加藤康司先生のメッセージを読み上げました。加藤先生は元日本大学工学部機械工学科の教授であり、『ロハスの家研究プロジェクト』の創始者です。そのメッセージには、資本主義経済とともに終わりを告げようとしている工業文明脱出のために、「農工合体の新文明(=農工文明)」の時代が来ると書かれています。こういう時代の転換点に、危機を乗り越えるためのバイブルが『ロハス工学』の教科書だと明言する後藤氏。「私がぼんやりと思い描いていたことを、加藤先生は10年も前に鮮やかに明文化されていたのです。『ロハス工学』の教科書を手にしている学生の皆さんには、この幸運なチャンスをぜひ活かしてほしい」と訴えました。

ロハスの産業革命が地球を救う

都会から田舎に移り住み、“農”ある暮らしを実践している後藤氏は、“都市”と“田舎”の違いや田舎のメリットを示しながら、地球を救う行動を促すには「食の現状を知る」ことが重要な鍵を握ると言及。輸入食料の大量・長距離輸送によるCO2排出の現状のほか、『DRAWDOWNドローダウン― 地球温暖化を逆転させる100の方法』(ポール・ホーケン著)の内容を紹介し、地球温暖化を逆転させるにはエネルギーだけではなく、食分野での取り組みが有効だと示しました。その具体的な策として、できるだけ耕さず、農薬や化学肥料も使わずに多くの炭素を吸収させて土壌を健康に保つ「環境再生型農業」、荒れた農地を再生する「管理放牧」、フードロスの削減、その土地で採れたものを食べるのが体にも良いとされる「身土不二」について自らの実践も交えて説明しました。

さらに、昨年6月から始まった、ロハス工学センター&楠クリーン村(山口県宇部市)の共同研究プロジェクトについても紹介していただきました。楠クリーン村に工学部の教授や学生が出向いて、住民主導で行う高品質コンクリート舗装の道づくりや水を循環させるロハスのトイレの設置など、様々な取り組みを進めています。ロハス工学によって『人の力を引き出す』、『自然の力を引き出す』ことが、まさに実践されているわけです。後藤氏はこうした取り組みを熊本県天草市でも展開していて、今後“農”と“食”は研究としても面白いテーマになる可能性があるとして、学生にインターンの参加を呼びかけました。

「これから目指していくべきは成長ではなく発展だと思います。“同一モデルの量的拡大から新規モデルへの移行”が求められる挑戦の時代に、様々な分野の中から自分が夢中になれる専門を見出し、その分野でトップランナーになることで、世界中から感謝され、自分自身もやりがいを感じられるのではないでしょうか。これからは、私(人類)のウェルビーイング(Well-being:幸福・健康)から、私たち(地球全体)のウェルビーイングへ、そういう視点が大事になると思います」と後藤氏はエールを送りました。

最後に、「21世紀の産業革命が『ロハスの産業革命』と呼ばれるものになれば、新文明は人類および他の生物の未来を万年単位で明るくする『始まり』になる」という加藤先生のメッセージを紹介し、福島の地で大きな可能性を秘めている学生たちに、「3.5%の人が動き出せば、世界を変える草の根革命を起こせると言われています。皆さんもその3.5%の人になることを願っています」と伝え、講義を締めくくりました。

会場の学生たちは後藤氏の素晴らしい講義に対し、感謝の気持ちを込めて盛大な拍手を送りました。そして、改めて『ロハス工学』の無限の可能性に気づかされたようでした。これからは『ロハス工学』を学ぶ学生としての誇りと自信を持って、大いに学修・研究活動に励んでいくことでしょう。この場をお借りしまして、後藤氏に深く感謝申し上げます。