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情報工学科の中村和樹准教授の論文が、世界的学術雑誌『Science of Remote Sensing』においてMost popularに選ばれました

南極の氷河の流動状況を明らかにした研究が、世界的注目を集める

 情報工学科の中村和樹准教授が3年ほど前に世界的学術雑誌『Science of Remote Sensing』(※Impact Factor:5.7)に投稿した論文『Interactive movements of outlet glacier tongue and landfast sea ice in Lützow-Holm Bay, East Antarctica, detected by ALOS-2/PALSAR-2 imagery』が、この度、Most popular (3年間で最も人気のある論文)に選ばれました。本誌は、リモートセンシングの学術雑誌『Remote Sensing of Environment』の姉妹誌で、影響力の大きい科学研究と最先端のリモートセンシング技術を用いる応用研究に重点を置いています。中村准教授は、ALOS-2/PALSAR-2データにオフセットトラッキング法を適用して、東南極で最も流れの速い溢流氷河の一つである白瀬氷河と氷河末端を取り囲む定着氷の流動速度を調査したもので、気候変動への影響を示唆している大変興味深い論文です。
 中村准教授に今、世界で注目を集めている研究について詳しくお話を伺いました。

※Impact Factor:自然科学や社会科学の学術雑誌が各分野内で持つ相対的な影響力の大きさを測る指標

 

―まずは論文の内容について、詳しく説明いただけますか。

 西南極では棚氷の底面融解に伴い氷河の流動速度が急速に増加し、消耗量が涵養量を顕著に上回ることが明らかになっています。これにより海水位が上昇するだけでなく、塩分を含まない淡水の氷が海洋へ流れ込むことで、海水の塩分量が変化して海洋大循環に影響を及ぼすことが懸念されています。氷床の氷がどのくらい海水に流失しているかを詳細に把握することは、最終的に気候変動の知見を得ることにつながります。一方で、氷の涵養量と消耗量の質量収支が比較的保たれているとされる東南極の氷河に着目し、とくに南極で最も流れの速い氷河の一つである白瀬氷河について継続的な研究を進めてきました。近年、西南極の氷河と同じように、白瀬氷河下へ沖合いからの暖かい海水の流入による底面融解の影響を受けていることがわかってきました。
 白瀬氷河の周囲には定着氷が存在しており、それが氷河の前進を抑制すると考えられてきました。しかし、その抑制の程度を定量的には明らかにされてきませんでした。そこで、白瀬氷河と氷河末端を取り囲む定着氷の流動速度を調べることにより、氷河および定着氷の動態と相互作用を把握すると共に、その背景環境の要因を特定するための研究を進めてきました。本研究では2016年4月から2018年10月における定着氷の崩壊前後の白瀬氷河浮氷舌とその周辺の定着氷について、流動速度の時間的・空間的変動を、ALOS-2(だいち2号)に搭載されたPALSAR-2のデータを用いて調べました。PALSAR-2はLバンド(1.2 GHz)であるマイクロ波帯の電波を使用した合成開口レーダで、雲や雨の影響を受けにくく、天候によらず画像が取得できるため南極の観測に適しています。白瀬氷河と氷河末端を取り囲む定着氷の流動速度は、取得時期の異なる 2 枚の画像のずれを変位として検出する、オフセットトラッキング法を適用して調べました。その結果、定着氷の流動速度は、氷河の流動速度の20%〜89%に相当しており、定着氷の安定/不安定の状態と関係していることがわかりました。したがって、定着氷の存在は、氷河の直接流出に対して控え壁の役割を果たしていることや、白瀬氷河の前面にある定着氷が、氷河の流線方向に沖合へ押し出されていることから、白瀬氷河が定着氷を押す力の方が強いことを示しています。また、定着氷の流出に伴い、氷河の流動速度が速くなる状況も定量的に明らかにしました。

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―どのような点が世界的に注目を集めた要因だと思われますか。

 南極大陸と海洋の境界部分である氷床接地線が、地球温暖化の影響も手伝って氷河を介した氷の流出量の急激な増加に伴い、後退している点が問題視されています。氷河の流動と定着氷の相互作用について、それらの挙動に関する大規模な調査は行われていませんでしたが、本研究は白瀬氷河とその周囲に存在する定着氷の相互作用に着目し、定着氷の流動速度を定量的に明らかにした点が多くの注目を集めた要因になっていると思います。また、白瀬氷河および定着氷における流動速度の年々変動に留まらず、季節変動といった短期間の変動についてより詳細に調査した結果を示した点も、希少価値があったのかもしれません。これまでは顕著な変動が見られる西南極に注目が集まっていましたが、東南極の状況を予測していた研究者にも、それに気づいていなかった研究者にも興味を持ってもらえたのではないでしょうか。今後は、より注目を集める可能性があると考えます。

―今後の目標をお聞かせください。

 本研究では白瀬氷河および定着氷の流動速度といった水平方向である2次元的な調査のみでしたが、現在、垂直方向である氷厚の変化を含めた3次元的な解析を進めています。現在から過去25年程度は、氷床接地線に顕著な変動は見られないものの、氷床接地線から上流側または下流側には、氷河や定着氷に季節的な変動が見られます。将来的に、地球温暖化が進んで定着氷が融解して無くなってしまった場合、氷河の流動速度はさらに加速することが予想されるため、西南極の氷河で見られるような顕著な氷の流出が、東南極でも起こり得ないとも限りません。そのため、白瀬氷河を含む東南極をより広範囲で多角的に調査・解析していく必要があるでしょう。私たちの研究成果が世界の人々が必要とする知見として示せるように、しっかりとモニタリングして一層研究に尽力していきたいと考えています。

―ありがとうございました。
今後益々ご活躍されますことを祈念しております。

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