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熊本県天草市で行われたインターンシップにて大学院生3名が地元の方々と協働でロハス工学を実践しました

自然の力を引き出し、人の力を引き出すロハス工学で、地域の活性化に貢献する

 8月7日から13日にかけて、熊本県天草市の山間にある自然豊かな手野地区にて、土木工学専攻博士前期課程1年の田中暁さんと平井伸和さん、建築学専攻博士前期課程1年の榎本祐希さんがインターンシップを体験しました。過疎・高齢化が進む地域で、建設予定のキャンプ場への道の整備と水場の設置、そして麓の集落にある古民家の再生という3つのプロジェクトに挑みました。本プロジェクトは、ロハス工学センター(センター長 岩城一郎教授)と連携活動を行っている日本大学客員教授の後藤千恵氏が理事を務める一般社団法人「天草1000年の人と土の営み」(通称あません)が企画したもので、3人は1週間にわたって地元の方と協働し親睦を深めながら、これまで学んできた「ロハス工学」を実践しました。

左から田中暁さん、榎本祐希さん、平井伸和さん

ロハスの道づくりプロジェクト―持続可能で健康な地域のインフラを目指す―

田中 暁さん(土木工学専攻博士前期課程1年/構造・道路工学研究室:岩城一郎教授・前島拓専任講師)

 大学院ではコンクリートの橋や道路をテーマに研究を行っていますが、今回の道づくりは草木を除去し土を馴らし、土で道をつくる昔ながらの手法で行いました。天草に到着後すぐに、現地に住む山の専門家でカナダ人のリック(リチャード・ブレジナ)さん・リアン(リアン・ブレジナ)さん夫妻に案内していただき、キャンプ場の建設予定地を下見にいきました。想像以上に険しい道、というか、まさに獣道でした。この急な斜面をいかに安全で楽に登れるか、しかもそのトレイルを効率よく、木を傷つけずにつくれるか、それが課題になります。

 参加した地元の高校生たちにも、どのルートでつくればよいか案を出してもらい、みんなで話し合ってルートを決めました。専門家のリックさんにご指導いただきながら、木の根元を傷つけず、部分的に切土するなど、できるだけ山の自然を壊さないようなやり方で作業を行いました。本来であれば1~2か月かかるところ、3日間でおよそ50mのトレイルコースを整備することができました。

 私自身、道づくりプロジェクトだけでなく、他のプロジェクトも体験できたことで、将来、希望する道路関係の仕事に就き、複数の現場を担当した時に、この経験が大いに役立つと思っています。また、ロハスの観点から、地域のインフラを長持ちさせることは持続可能な社会を実現し、人が健康で長生きするのと同じように、地域の健康を守ることにつながると考えています。今回のプロジェクトも道づくりや水浄化装置の設置、古民家再生といった、地域の資源を活用してその地域を活性化させる、すなわち地域社会を持続可能で健康にする取り組みだと感じました。



ロハスの水場プロジェクト―「古」と「新」を組み合わせたハイブリッドな水循環システム―

平井 伸和さん(土木工学専攻博士前期課程1年/環境生態工学研究室:中野和典教授)

 このプロジェクトで取り組んだのは、キャンプ場に必要な水場の設置です。研究室で開発した下水処理と緑化を組み合わせたロハスの花壇の技術を導入することも考えていましたが、今回は現地にある間伐材を使って簡易的な水浄化装置を設置し、雨水を水資源として活用することにしました。研究でも使われている木炭による水質浄化の方法なら簡易的に作れるのではと考えたのです。更に、使った炭に付着した栄養分を畑に撒けば土地の改良にもなります。

 「あません」代表の中井 俊作氏(代表理事)が所有する蔵にあった古い道具の中から、醤油樽を容器に選びました。間伐材は炭焼き窯で木炭にして使用します。炭づくりを体験ができる窯があり、私たちも窯の中に入って炭焼きに挑戦しました。天草に来ていなかったら、体験することはなかったでしょう。醤油樽や木炭も地域にあるものをその地域で使うことで、運搬コストやCO2を削減できます。炭も最終的には土に還すので炭素の保有になる。水の循環も含めて、持続性があるロハスの浄水器になると考えています。参加した高校生には、どのような浄化剤を入れると水がきれいになるのか課題を出し、それぞれ作製した簡易ペットボトル浄水器で効果検証も行いました。好奇心旺盛な高校生もロハスに触れる良い機会になったようです。

 最終日には村の方々が懇親会を催してくださいました。地域の方々や高校生との交流を通して、いろいろな世代と上手くコミュニケーションを取れたことは自分にとって大きな収穫でした。社会に出た時、人とどう接すればよいか、その振る舞い方を学べたと思います。昔使われていた醤油樽を再利用して浄水器を作製したように、古いものと新しい技術を融合させたハイブリッドを目指すのはロハス的だと思っています。組み合わせは無限大です。後輩たちにもぜひ、天草インターンシップを経験してほしいと思います。



古民家再生プロジェクト―持続可能な地域コミュニティの在り方を探る―

榎本 祐希さん(建築学専攻博士前期課程1年/建築計画研究室:浦部智義教授)

 私は地域にあるものを生かして、地域が豊かになる活用法を考えることに興味があり、現在、まちづくりや地域コミュニティについて幅広く携わる研究室に所属しています。古民家再生もその一つ。天草でも何か役に立てるのではないかと思い参加しました。まずは、この地域がどのような変遷を辿って来たのかを探ることを目的に、住民の方々への聞き取り調査から始めました。そしてヒアリングをもとに、空き家の活用法や集落の活性化について考えました。

 7つある建物のうち、「あません」代表の中井氏が所有する農機具や蓄音機などの骨董品として価値のあるものを集めて展示する、アップサイクルミュージアムをつくる計画があり、今回はこのアップサイクルミュージアムの補助的な施設として蔵を活用することを考えました。研究室の教授からリモートでアドバイスをいただき、山形県の天童レコードサロンを参考にして、飾ってあるレコードを蓄音機で掛けたり、音楽を体験できる場にするアイデアを提案することにしました。インターンの最終日に行った成果発表会では、3Dでリノベーションした蔵のイメージをつくり、住民の方々にもわかりやすく説明しました。私のアイデアに対して住民の方々から様々な考えや意見をいただき、活発な議論の場となりました。ヒアリングをした際にも感じたのですが、その地域の人たちが積極的に動くことが地域の活性化につながる重要な要素なのだと思います。

 インターンを通して、敷地調査やヒアリング調査などの実務からコミュニティの発展を促す建築というものに実践的に携われたことは大変貴重な経験になりました。持続可能な地域コミュニティの在り方やそれに関わる建築の役割を考えるのは難しい課題でした。私のアイデアは実現には至りませんでしたが、過疎地域に人を呼び込むための古民家再生の取り組みが成功し、天草をモデルケースとして同じような状況の他地域でも応用できたらいいなと思います。



懐かしい未来へ―天草の山を楽しみの場に変える取り組み―

日本大学客員教授 後藤 千恵氏(一般社団法人「天草1000年の人と土の営み」理事)

 モノが豊かに溢れ、お金があれば何でも解決できる、そんな成長の時代の終焉とともに社会に歪みが広がり、お金では買えない大切なものの価値が見直され始めています。自然との触れ合い、人と人とのつながり、「ありがとう」の循環‥。これからの時代を幸せに生きるには、金力だけでなく自分の力で解決する“人間力”も高めていかねばなりません。手つかずの自然の中には、本来人間が持っている力を取り戻し、真の豊かさの享受に向けて成長するためのフィールドがあります。

 2022年5月、熊本県天草市に一般社団法人「天草1000年の人と土の営み」(通称あません)を設立しました。天草市内に広がる219haの山林や農地、旧村役場の建物、農業や環境等に関する約1万冊の蔵書など、中井氏の資産をコモンズとして活用し、自然と共生し、互いにつながり合う豊かな地域づくりに取り組んでいます。これまでに森を探究学習の場として活用したイベント、自然や村の資産を活用したワークショップなど、様々な企画を実施。今回のインターンシップもそうした活動の一環として企画し、山の中にトレイルをつくる、水浄化装置をつくる、古民家を再生するという3つのコースを用意しました。各コースにはマニュアルも答えもなく、自分たちで考えながらゼロから実践していくプログラムになっています。手つかずの自然や古民家などの資産を活用しつつ、ゼロから作り上げる場というのは滅多にないでしょう。

 短期間ではありましたが、専門分野の知識を活かしながら、何もないところから一つのものを作り上げる、プロジェクトリーダーとして高校生たちを育てていく、そうした経験は今後の大きな力になると思います。また、地域の方のご厚意で使われていない一軒家をご提供いただき、他大学の学生たちと自炊生活を体験し、最終日にはバーベキュー大会で地域の人たちとの親睦を深めるなど、いろいろな交流も楽しめたのではないでしょうか。人とのつながりや交流が貴重な成長の糧になったと思います。



 道づくりをご指導くださったリックさんは、世界で最も過酷と言われる山岳冒険レース「Xアルプス」に参加した冒険家です。世界そして自然を知り尽くしたリックさん夫妻は、ここ天草が世界中で一番魅力的な場所だと考えて移住してきました。古いものを大切に使う文化が根付いている天草には、地域の歴史文化遺産を保全活用するヘリテージマネジャーもいます。そうした専門家の方々と一緒に、私たちは山を楽しみの場に変える取り組みを進めています。今後も「人の力を引き出す」多様なコースを準備して、学生の皆さんが有意義な体験ができる場を提供していきたいと考えています。