機械学習と気象データを活用した防災対策の研究が高く評価される
この度、土木工学科の石橋寛樹助教の論文『機械学習と確率雨量指標に基づく豪雨時の斜面崩壊危険度評価および対策優先度判定』が、公益社団法人土木学会構造工学委員会AI・データサイエンス論文集編集小委員会『2022年 AI・データサイエンス奨励賞』を受賞しました。
この賞は、構造工学委員会AI・データサイエンス論文集に投稿された査読付きの論文のうち、特に革新性、将来性、社会性のいずれかに優れ、今後が期待される論文に授与されるものです。AI・データサイエンスの実社会への導入が進む昨今、土木工学における利活用も、構造・材料・建設関係のみならず、維持管理、防災、都市、交通、環境、エネルギー等多彩な領域で活発に進められています。AI・データサイエンス論文集には、研究・教育・開発、調査・実践等の成果や現状について、分野横断的に幅広い内容の論文が掲載され、注目を集めています。
石橋助教の喜びの声と共に、研究について詳しくお話を伺いました。
―AI・データサイエンス奨励賞受賞おめでとうございます。感想をお聞かせください。
これまで講演して賞をいただいたことはありましたが、投稿した論文で賞をいただいたのは初めてです。自分の研究内容に着目し評価していただき、率直に大変ありがたいことだと思っています。土木の分野でもAI・データサイエンスの活用が進んでおり、学会の中でもデータサイエンスを活用した研究者が増えて専門の委員会が立ち上がりました。その勢いのある委員会が発行する論文集の中で将来性を期待されたことは、今後の研究への励みになります。
―研究内容について詳しく説明いただけますか。
本論文は、機械学習とハザード評価に基づく、豪雨時の斜面崩壊危険度評価および対策優先度判定手法を提示したものです。近年、豪雨の被害、斜面崩壊が頻発しています。そうした状況の中で、どこの斜面を優先的に防災対策すべきか、これまで具体的、定量的な指標がありませんでした。
そこで、平成30年の西日本豪雨や令和元年東日本台風の豪雨の被災データを活用して機械学習を行い、将来的にどこの斜面がどのくらいの確率で崩壊するかを図とともに示しました。既存の研究では、急な斜面や軟弱な地盤など、斜面の構造に着目した研究が多く見られますが、私はそれに加えて雨の量や強さも組み合わせて検討する必要があると考えています。
今回は郡山市といわき市を挟んだ中山間地の複数の市町村を対象地域として、蓄積された過去のアメダスの気象データから雨の発生する確率を計算。それと脆弱な斜面を抽出して組み合わせることで、具体的にどこの斜面から優先的に防災対策を進めていくべきかの指標を出したのです。今はまだ、アメダスのデータも50年程度しかないのですが、この手法を確立しておけば、今後データが蓄積されることによって、将来的にもっと正確な評価ができると考えています。現段階でも、具体的にこの斜面が豪雨でなくても崩れやすいといったことが判りました。
どうしても、防災は後回しになってしまいがちです。本論文でも触れましたが、特に国道などの幹線道路周辺の斜面に崩壊が起きると、完全に道路が寸断されるので、これからの気候変動を考えると、やはり現段階から徐々にできる範囲で対策していく必要があると感じています。斜面の危なさだけを見るのではなくて、周辺の道路や建物の分布なども考慮して対策を考えていくべきでしょう。
―データサイエンスは情報工学の分野ではないのですか。
土木の知識がなければ地盤の防災対策はできません。防災のための情報やデータは必要ですが、それを使って工学的に考えるのは土木の領域になります。今、土木分野でもデータサイエンスを活用した研究に力を入れている研究者が増えており、専門の委員会も立ち上がりました。大事なのは、データをどう活用していくかということです。やはり温暖化に伴う気候変動によって、豪雨も増える可能性が高いと予測される中で、今後、土木がAIサイエンスに関わっていくことは重要な意義があると思います。
私も専門は橋梁と地震で、この研究は工学部に赴任した令和3年にゼロから始めたものです。世界的に見ても、地震だけが構造物の驚異的なハザードではなくなってきているというのは明らかです。防災という広い意味で考えた時に、橋梁や斜面だけを視るのではなく、気候変動にも目を向けるなど、多角的にアプローチしていく必要があると考えました。
工学部が令和元年東日本台風で浸水した動画を見まして、それで一気に他人事ではないと実感したのもきっかけになっています。専門領域ではありませんでしたが、意を決し、この研究に取り組み始めました。まだ1年程度の成果ではありますが、ゼロから自分で立ち上げた研究ですので、それを評価していただけたというのは大きな自信になりました。
―今後の目標をお聞かせください。
防災対策を考える上で、斜面が崩壊した際、どれくらいの経済的な損失が発生するのか、どれくらい復旧に日数がかかるのか、防災対策をするために掛かる費用はどれくらいになるかを考えることが重要です。対価を払う価値があるのかということです。誰も通らない道に予算を投じるよりも、人ベースで考えて利用頻度、重要性の高い場所に予算を投じるのが得策と言えます。優先的に対策すべき場所はどこなのか、費用対効果も考えた指標を提示することを目標に、これからもこの研究を進めていきたいと思います。
そして、日本を災害から守り安全な国にしていくことが、最大の目標です。人々が生活していくうえで、不安なことはまだまだたくさんありますから、地震防災、豪雨斜面、橋梁の劣化予測、耐震を軸にした橋梁の構造開発的な研究など様々な課題に取り組み、一つずつ解決していければと思います。
―最後に学生にメッセージをお願いします。
インフラ分野においてもデータとデジタル技術を活用したDX化(デジタル・トランスフォーメーション)が進められています。情報が専門ではない私でも機械学習を取り入れた研究をしているように、土木の研究領域は広がってきています。土木業界の企業採用枠にも情報を使った戦略的な部門があるなど、今後データサイエンスを活用できる土木技術者の需要は伸びてくるでしょう。学生のみなさんも土木の知識だけではなく、IT技術を身につけ、しっかりとデータ分析ができる能力を養ってほしいと思います。社会に出たらわからないことばかりですが、目の前にある難題から逃げ出さず、努力しながら何かしら答えやアイデアを出せる人間に育ってほしいと願っています。