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建築学科 速水清孝教授が『建築士法の成立と展開に関する一連の歴史的研究』で2021年日本建築学会賞を受賞しました

「建築技術者の法制史」という新たな研究領域を
切り拓いた論文が高く評価される

 この度、建築学科 速水清孝教授が(一社)日本建築学会の『2021年日本建築学会賞(論文)』を受賞しました。この賞は、近年中に完成し発表された研究論文の中で、学術の進歩に寄与する優れた論文に対して授与されるもので、建築界では国内で最も権威ある賞です。今年は対象になった30 件から9件が選ばれました。
受賞論文の『建築士法の成立と展開に関する一連の歴史的研究』は、世界的に珍しいわが国独自の制度である「建築士法」について、その成立の過程と今日に至る展開を明らかにしたものです。精力的な研究によって、日本の近代建築史に、「建築技術者の法制史」という新たな領域を切り拓いた点が高く評価されました。
本論文のもととなる著書『建築家と建築士一法と住宅をめぐる百年』(東京大学出版会、2011年)は、2013年に『第17回建築史学会賞』、2014年に『日本建築学会著作賞』に輝いています。
速水教授に喜びの声とともに受賞の経緯や今後の研究についてお話をうかがいました。

日本建築学会賞受賞おめでとうございます。感想をお聞かせください。

 ニッチな領域ですから、これまで取り組んできたことが間違っていないかを確認する意味で、客観的な立場でお認めいただけたことはありがたく思います。それ以上に、多くの方にお世話になりましたから、ご恩返しができたことの方が大きいでしょうか。また、この研究の先行研究者には、私の先生の先生で、日本近代建築史研究の嚆矢である故・村松貞次郎先生がおられますが、村松先生が果たせなかった部分を、孫弟子の私が解明したことになりますので、その意味でもよかったかなと感じています。

 

どのような点が評価されたのでしょうか。

日本は、「建築」という概念を明治になって西洋から移植しました。そのため、何においても西洋を模範にしてきました。そのような中で、建築士法は、西洋にあるものとは違う、世界的に珍しい内容で制定されましたから、「建築」を設計する建築家から批判されることになりました。その一方で、制定から半世紀以上、この法律がどのような理念で構想されたのか、その発想の源が顧みられることはありませんでした。つまり、何を考えて作られたのかも知らないまま批判だけされていたわけですね。
 とはいえ私も、はじめはその批判が正しいと思っていたのです。でも、考えてみると、それが成立するのは西洋と同じ、公共建築など大規模・特殊用途の「建築」という限られた場合だけです。建築家たちは、この「建築」だけを見て批判し、建築界もそれに付き合ってきました。しかしながら、日本のほとんどは建築家の関与のない住宅やビルディングなどの建物で、建築家が手掛ける公共建築などの「建築」は全体の1%に過ぎません。となると、建築士法の是非を語る上で、争点を「建築」にしてしまうと、木(建築)を見て森(建物)を見ない議論になってしまいます。
法律としては、やはり森を見るべきですから、そこから発想されたものだったに違いない。もしそうだったなら、長く続いた議論は白紙に戻って、もっと健全な況が生まれるのではないか。そこで、それを検証したわけです。1つには、そうしたコロンブスの卵のような発想の転換をした点が評価されたのではないでしょうか。

研究はどのように進められ、また、どのように調べられたのでしょうか。

まずは、戦前戦後の議会資料、多種多様な雑誌や新聞など、考えつく限りのものを調べました。ほどなく、この法律を取りまとめたのは、当時の建設省の課長だった内藤亮一氏だったことが判明します。その内藤氏は、住宅に一番問題が起こりやすいことを感じ取り、意匠設計に特化した建築家を対象とする西洋的な建築家法ではなく、住宅の設計者を含む建築技術者全体を対象に建築士法を考えた。まさに住宅という森を見て発想されていたのでした。
続いて、内藤氏の発想の原点や立案の実際のことも知りたいと思い、当時の建設省の方々や内藤氏のご遺族にお話をうかがい、マル秘のものを含む大量の資料を見るなどして、建築士法にまつわる批判や疑問を1つひとつ検証しました。それによって、常識と思われていたことがどんどん覆る形で疑問が晴れていくのは、痛快でした。
実は当初この研究は「法律ができるまで」と思ったのですが、単に建築士法がどうできたのかでやめるのでなく、大正にはじまるこの法律にまつわる議論を現代にまでつなげて、建築技術者の法制度の通史として描いた方がいいのではないかと考えました。それによって、いったい何が問題だったのか、争点はどこにあるべきだったのかをより浮き彫りにすることができると思ったのです。結果的には、そのことで、この問題の研究や議論のパラダイムを変えることになりましたから、その点も評価していただいたのだと思います。
耐震強度偽装事件で社会がこの法律に注目したのも、ごく一部の「建築」でなく、私たちの住まいの問題だったからです。建築界に閉じていた議論を、より一般の人にわかるものにしたことになります。

 

今後の目標をお聞かせください。

 今回の論文は、一連の研究ということもあって、一冊の本にまとまっているわけではありません。ですので、まずはこれを一冊にまとめたいですね。また、東日本大震災をきっかけにはじめた災害をテーマにした研究も継続中です。自然災害が頻発して人口も減る中で、歴史的建造物を取り巻く環境も深刻になってきています。いずれも派手な研究ではありませんが、地方にいることで得られた視点です。都市や建築については、巨大都市を見ていてはわからない、より一般の人の立場で考えるべき課題が地方にはたくさんあります。
私の物の見方は変わっているとよく言われます。それはきっと私の長所なのでしょう。これからも、様々なテーマに独自の切り口で挑戦していきたいと思っています。

最後に、建築を学ぶ学生たちにメッセージをお願いします。

建築学というのは、一部を除けば、高校までの学習にはない分野で、大学に入ってはじめて勉強することになるわけですから、スタートラインは皆同じです。多様な広がりのある建築の世界で、自分が何に適しているのか、学生時代に真摯に見極めることが大切なのではないかと思います。そのためにも、自ら積極的に学んでいけば、若い学生の皆さんなら、果てしなく伸びるはずです。大いに成長されることを願っています。

ありがとうございました。今後益々ご活躍されますことを祈念しております。

 

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