対談「ロハス工学が創る未来」
人の力を引き出す、自然の力を引き出す
ロハス工学が創る未来に向かって
日本大学工学部が提唱する、健康で持続可能な社会を実現するための「ロハス工学」。
地域連携による研究活動の実践や学科横断的な人材育成への取り組み、
そして、新たなロハス工学の拠点づくりをめざすプロジェクトが進んでいます。
ロハス工学が創る未来とは?
ロハス工学センター長の岩城一郎教授と、元NHK解説委員でジャーナリストの後藤千恵氏が
それぞれ工学の専門家と社会学の専門家の視点で考える、ロハス工学の未来について語ります。
Profile
日本大学工学部工学研究所長・
ロハス工学センター長・土木工学科教授
岩城 一郎
IWAKI ICHIRO
専門はコンクリート工学、社会インフラメンテナンス工学。土木学会コンクリート委員会や構造工学委員会の要職を務める傍ら、2022年度から土木学会誌編集委員会委員長に就任。一方、福島県内において、住民と学生との協働による道づくりや橋のメンテナンスを主導し、多くのメディアに紹介されたことで、全国的な取り組みへと展開されつつある。この業績に対し、インフラメンテナンス大賞国土交通大臣賞などを受賞。
ジャーナリスト・元NHK解説委員・
日本大学客員教授
後藤 千恵氏
GOTO CHIE
30年にわたりNHKで記者・解説委員としてさまざまな社会課題を取材。被災地の復興を支援する番組のナビゲーターを務めた。2021年にNHKを早期退職し、現在は熊本県天草市に移住して地域づくりに取り組むとともに、ジャーナリストとして未来を楽しく切り拓く持続可能な暮らしを提案している。2023年4月、日本大学客員教授に就任。
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01
地域の課題は「宝」。
地域と共に課題解決に挑む
地域に根差した研究と実装を推進
私が後藤さんと知り合ったのは2010年頃でしたね。土木について積極的に情報発信していこうと考えていた時期で、マスコミ業界に信頼できる知り合いができてありがたかったです。
当時はNHK社会部の記者でしたが、岩城先生との出会いから私の土木に対する見方というか視点が変わっていきました。
震災の後、東北の復興道路の建設現場を後藤さんに取材してもらい、番組で報道してもらいましたね。
はい、作業員の皆さんが長持ちする道路を造るために工夫を重ね、誇りをもって働いている姿に感銘を受けました。その後も福島県平田村の住民主体の道づくりや住民による橋のメンテナンスの仕組みづくりなど、ロハス工学に関する取り組みを取材させていただきました。今、地方は人口減少、高齢化、インフラの老朽化など、多くの課題を抱えていますが、ロハス工学で住民の力を引き出すきっかけを作れたら多くの課題を解決していけると思います。
これまで学科分野横断的な取り組みによって成果を出すことができましたが、工学だけでなくその周りの学問領域との融合や連携というのが大事だと思っています。後藤さんは社会学を専門とし、工学の専門家ではない。しかもさまざまな現場の一線で取材をされて、いいものも悪いものもたくさん見ている。そういう人にロハス工学に関わっていただき、ロハス工学の実践者として、社会に発信していただきたいと考えています。
岩城先生がおっしゃるように、各専門分野が一体化した全体的な取り組みが必要になると思います。将来を見据えて今何をすべきか、バックキャストの思考だと思うのですが、この社会を持続可能なものにしていくという大きな目的に向かって、それぞれの専門家が垣根を取り払い議論するところから始める。まずはみんなで話し合ってその未来像を考え、そこに向けて今何が必要かということを、自分たちの専門性を活かしながら考えていく。それができるのがロハス工学なのだと思っています。
私はインフラ整備を切り口にして地域住民の皆さんと一緒に活動していますが、インフラそのものの改善につながるだけでなく、もともとの地域のポテンシャルを発見したり、住民の意識が変化したり、大変興味深い。工学部には、原発事故で特殊な事情を抱えてしまったまちの活性化をテーマに研究している先生もいて、特に福島というのは他にはない課題がたくさんある。その中で工学により解決できることを考え、地域をフィールドにした研究と実装を進めていけるのは、ロハス工学の魅力だと思います。
地域の課題を解決していくことが住民の皆さんの幸せにつながるという発想でいけば、課題は宝であり、地域には宝がたくさんあるとも言えますね。
だからこそ、ロハス工学の専門性を活かし、過疎化・高齢化が進む地域をフィールドにして、その宝を掘り起こすように分野横断的な取り組み、研究を進めていきたい。
それぞれの地域社会でどうすればみんなが幸せに生きられるのか、まずはあるべき未来の姿を思い描き、その実現に向けて工学ができることを考える。ロハス工学はいわば、幸せな社会づくりのための実践的学問とも言えると思います。素敵ですね。
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02
熱い志を胸に、ロハス工学で
未来を拓く人を育む
専門的に学び、さらに分野横断的に学ぶ
工学部では、1年生の導入科目として全学科に『ロハス工学入門』を設置しています。各学科の専門分野の知識を身につけるだけではなく、学生には社会に出た時にロハスの視点で仕事ができる人になってほしい。地域の問題を解決できる人を育てるためには、専門領域をしっかり学びながら、他の領域にも踏み込んで視野を広げていくことが大事です。その意味でも分野横断的な教育は必須で、それがロハス工学の教育にもつながっていくと考えています。
これからの時代は、実験室や研究室の中での学びだけでなく、地域の人たちと一緒に課題を解決していくための共感力やコミュニケーション力も重要になってきますね。それから、志というか、自分はこんな社会にしたいという熱い思いを持っていること。これまでにお会いした工学部の学生さんは皆、そんな熱意や高い志を持っていて嬉しくなりました。実際に社会に役に立つ研究ができることに誇りを持って取り組んでいるのは素晴らしいと思います。
ロハスの家群跡地に(仮称)ロハス工学センター棟を立ち上げるときに、教員だけなく、職員や学生にもディスカッションに参加してもらい、何のためにどういう形で使うのがいいかということを議論しました。その中でも、学生が自ら分野横断的にものづくりに挑戦できる仕組みをつくろうということで、学生主体の『LohasProLAB』という団体を立ち上げたんです。すると、予想以上のまさに“熱”なんですね。彼らのアイデアで作られた製品であったり、発案したものが賞をもらったり、学生がベンチャーを立ち上げようとしていたり、ロハス工学を基軸にした取り組みが学生の活動にも波及効果が広がってきているのではないかと思います。
人の力を引き出す
日本の人口は減少を続け、2050年には今の75%になると推計されています。AIや最先端の技術で無人化など人の力を必要としない社会づくりに向けた取り組みが進んでいますが、縮小していく時代に持続可能で誰もが安心して暮らせる地域社会を作るには、一人ひとりの住民の力を最大限、引き出すことも欠かせません。人と人がつながり、自然と共生しながら地域の課題をともに解決していく“懐かしい未来”づくりをロハス工学が後押ししてくれることを期待しています。
近年、SDGs、カーボンニュートラルといった考えが浸透しつつありますが、ロハス工学は20年近くぶれずに続けてきています。こうした一過性のものではない、地に足のついた取り組みであることを工学部で学びたいという人たちに明確にメッセージとして伝えたい。工学部には広大なキャンパスがあり、それをフルに使い、福島県全域、あるいは全国をフィールドにした研究もできる。そんな環境があるのも我々の強みです。
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03
ロハス工学の未来
ロハスキャンパスの未来
ロハス工学を活かすテーマ、「食」と「農」
岩城先生の研究室では、住民主導の高品質コンクリート舗装による道づくりの普及に取り組んでいて、一昨年には私の地元でも道づくりを指導してくださいました。行政の力を借りなくても自分たちの手ででこぼこ道を高品質道路に変えられる、ロハス工学の可能性を感じました。また、中野和典先生のご助言を受けて、土中の微生物などの働きで水を浄化するロハスのトイレの建設もめざしています。まさに「人の力を引き出す」「自然の力を引き出す」ロハス工学の実践です。今、日本では食料自給率の低下、農業の担い手不足など、命を支える「食」が危機的な状況にあり、今後、暮らしに身近な「食」と「農」はロハス工学の面白い研究テーマになると思います。
未来を見据えていく上で、研究課題をいかに見つけるかというのはとても重要です。課題は散らばっているわけですが、大事なのは視点。課題を見つけられる視点を持つか持たないかなんです。研究能力があっても、その課題を見つけられないこともある。良い研究というのは、これからの社会状況の変化を理解して課題を見つけ、そこにどういう解決策を見いだすか。それは合理的であればあるほど良い成果を生み出します。そして、技術により短期的な解決策を見いだすだけでなく、さらにそれが何十年後のどういう社会の中で活かされるか、それをイメージすることが大事です。
私は去年、熊本県天草市で仲間と一般社団法人『天草1000年の人と土の営み』を作って200ヘクタールの山林や耕作放棄地、築100年の空き家や倉庫などを活用した持続可能な暮らしのモデルづくりを進めています。たとえば、耕作放棄地でいま実践しているのは、土を耕さずに土の中の菌や微生物の力を活かして作物を育てる“自然農”です。実は土壌中には大量のCO2が蓄えられていて土を耕すとそれが大気中に放出されてしまいます。そこで温暖化を抑制する有効な手段の一つとして不耕起栽培が世界的に注目を集めているんです。でも本当に耕さなくても大丈夫なの?‥ということで実際に野菜の比較栽培実験をしてみたら大豆やレタスが肥料をやらなくても同じように元気に育ったので何だか嬉しかったですね。耕作放棄地、放置山林、空き家など、私たちの活動はいずれも大きな地域課題がフィールドですが、楽しく解決していく方策を考え、実践し、発信していければと思っています。
ロハス工学が創る未来は、人々が幸せになる社会
私たちは今、産業革命以降の経済成長と引き換えに地球環境の危機、貧困や格差を生み出す資本主義の危機という二つの大きな危機に直面しています。危機を乗り越え、誰もが健康で幸せに暮らしていくためには自然と人の力を最大限に引き出す新たな仕掛けが必要で、そのためにロハス工学が果たす役割は大きいと考えています。工学部キャンパスにはプロジェクトの拠点となる(仮称)ロハス工学センター棟が造られるということで、大変楽しみですね。
10年、20年先の構想ですが、最終的にはキャンパス全体を、ロハスを実現する場にしたい。まずはロハス工学センター棟を拠点に、工学部の学生、教職員などが集えるコミュニティの場にして、未来のロハスキャンパスへと発展させたいと考えています。
いろいろな面で限界が来ている社会の中で、共に新しい社会を創り、新しい価値を創り出すことが求められていると思います。その場として、ロハス工学センターはとても素敵なインキュベーション装置になりそうですね。
そのためにも学科横断的な教育、⼈づくりが重要です。その先には「ロハス工学」から「ロハス学」への進化を見据えています。真にロハスの社会を構築しようとすれば工学だけではなし得ません。医学や農学、社会学や人文学といったあらゆる学問領域が融合し、初めて社会全体がロハスに向かいます。工学部がその中核を担えればと考えています。
撮影地について
(2023年1月26日撮影)
2009年からエネルギーと水の自立共生をめざした『ロハスの家』研究プロジェクトを進めてきましたが、2019年の台風でキャンパスが被災、『ロハスの家』1号から3号は撤去されました。さら地となったこの場所に「ロハスの家群跡地再生プロジェクト」と称して、ロハス工学の新たな研究・発信拠点の構築を進めています。