第9回ロハス工学シンポジウムを開催しました

工学部の英知を結集して問題解決に挑む
キャンパス強靭化プロジェクトの研究成果を報告

10月17日(土)、工学部では市民公開講座『第9回ロハス工学シンポジウム』を開催しました。今回のテーマは、『未曽有の大災害からキャンパスとその周辺地域を守るには?』。2019年10月に発生した台風19号により、東日本一帯は記録的豪雨に見舞われました。工学部も、近くを流れる阿武隈川や徳定川などが氾濫し、キャンパス内にある多くの施設が被災すると共に、在学生約1000人の住居が浸水するなどの被害を受けました。本来、この種の災害に対して最も安全・安心であるべき大学キャンパス及びその周辺が被災したことは看過できず、再来する恐れのある同規模の水害に対し、早期に対策を講じる必要があります。そこで、工学部では同年10月30日に『キャンパス強靭化プロジェクト』を立ち上げ、甚大なる被害に対し、被害の現象把握やメカニズムの解明、学生の避難行動パターンの調査及びキャンパス内に避難所を設置する具体策などについて研究を進めてまいりました。本シンポジウムでは、被災から1年経ったことを受け、これまでの研究成果を学生や市民の皆様に広く報告させていただく機会といたしました。なお、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、ウェビナー(Webセミナー)形式での開催となりましたが、ネットワーク環境の整っていない方々に対しては、人数制限を設けてご来場いただきました。

開催に先立ち、根本修克工学部長よりご挨拶いたしました。根本学部長は、毎年3月に開催されているロハス工学シンポジウムが、コロナウイルス感染症拡大を受け、本日に延期された経緯を説明しました。そして、工学部が教育・研究活動のキーワードに掲げているロハス工学について、健康で持続可能な生活様式を工学的観点から支援する学問であると述べました。今回のシンポジウムで報告する成果についても触れ、会場にご参集いただいた皆様に感謝するとともに、Webで視聴される皆様にとっても有意義なシンポジウムになるよう尽力することを明言しました。

続いて、郡山市の品川萬里市長にご挨拶いただきました。品川市長は、キャンパスとその周辺地域の安全を守ることは、郡山地域のみならず世界的に意義のあることと言及されました。郡山には多くの河川があり、福島県の人口のうち約55%が阿武隈川流域に居住していることから、洪水対策・治水対策を考えることは福島県全体や郡山市の生活・経済活動において重要だと述べられました。

 

プロジェクトの取り組みとその研究成果

全体概要説明

工学研究所長 岩城 一郎教授

はじめに、プロジェクトリーダーである岩城一郎工学研究所長が全体概要について説明いたしました。台風19号に伴う郡山市の降雨の状況と出水後の工学部キャンパス及び周辺地域等被害状況について説明。同様の被害が再び起こらないようにするために、工学部の英知を結集してこの問題に取り組むべく、『キャンパス強靭化プロジェクト』を立ち上げたと述べました。現象把握・機構解明を目的としたタスクフォースと住環境・避難行動について解明するタスクフォースの昨年度までの成果の概略を説明。今後の展望として、阿武隈川の外水氾濫とキャンパスを流れる徳定川の内水氾濫による影響を定量評価し、学生と周辺住民が安全に避難できる避難所と避難経路を学術的に解明することを目指すとし、今年度末までに報告提案すると明言しました。

 

浸水被害メカニズムの解明に資する情報基盤の構築

情報工学科 中村和樹准教授

中村准教授は、台風19号による浸水状況についてモニタリングを行いました。まず、国土地理院で空中から地上を撮影した756枚の写真をオルソ処理し、地図と同じように真上から見た画像を作成。さらにモザイク処理によって画像を再構成し、GoogleEarthにオルソ処理画像を重ね合わせて浸水の状況を可視化した結果を示しました。これにより無堤防地区からの溢水は認められるが、堤防のある地区では阿武隈川からの越水は見られないといった状況や内水氾濫の影響を把握できました。浸水の深さと浸水量の関係についても解析。また、UAVによる画像解析から高分解能な数値標高モデルを構築しました。今後は浸水シミュレーションの高度化、70号館への避難経路策定に寄与し、谷田川周辺の氾濫機構の解明に資する情報基盤の構築を目指します。

 

浸水被害メカニズムの解明

土木工学科 金山 進教授

沿岸環境研究室 小室栞奈・鈴木舞香

沿岸環境研究室は物理学の観点からどのように浸水被害が起こったのかを分析しました。氾濫源は、排水路等が処理しきれずに雨水が溢れ出した徳定川の内水氾濫と堤防の外側から浸水した阿武隈川の外水氾濫によるものと説明。その中で、外水氾濫に主眼をおいて研究した昨年度までの結果について報告しました。シミュレーション解析から、徳定地区の浸水の8割程度は堤防のない御代田無提地区からの阿武隈川の外水氾濫によるもので、徳定川流域への降雨による内水氾濫は全体の2割程度であったと推察。また、今後の課題として、阿武隈川の水位時系列を反映させた解析による氾濫水の流下過程の検討を挙げました。今年度は学生の卒業研究の一環としても取り組んでおり、小室栞奈さんと鈴木舞香さんが研究結果について発表しました。

小室さんは、浸水の深さと浸水の状況について時間変化を考慮して検討した結果をシミュレーションで説明。鈴木さんは堤防のない地区からの氾濫発生から終息までの13時間にわたる洪水シミュレーションにより、徳定地区の氾濫状況を俯瞰することができた報告をしました。

 

70号館(避難所)及びキャンパス内施設の強靭化

建築学科 森山修治教授

建築設備・防災研究室 印南衣梨

本研究では、 水害時の学生の行動実態や意思決定過程を分析し、キャンパス防災計画や避難計画を見直し、キャンパス内の避難所及び避難経路の配置計画を検討しました。まず、学生に行ったアンケートの結果について印南さんが報告しました。アンケートの内容は避難の有無と避難開始時間や移動手段・避難した場所、ハザードマップの意識など7項目で、学生610人からの回答をもとに解析。当時の生活課題と意見も踏まえ、避難所の場所を把握していないことが大きな問題であると指摘するとともに、大学を避難所にしてほしいとの要望が多く上がっていることも示しました。次に、森山教授がキャンパス強靭化計画について具体的に説明しました。70号館が避難場所に適する理由として、新耐震基準に合致し浸水被害が軽微で、非常発電機及び雨水利用層が設置され災害に強いことを挙げました。そのうえで、避難経路の確保と安全性の確認、70号館を含むキャンパス内の電力・給水等のインフラ整備の強靭化、支援物資を運ぶための経路の確認が必要と言及しました。今後、安全に健康的に避難できるようなキャンパスCLCP計画を考えていくと表明しました。

 

阿武隈川の河川整備状況

国土交通省 東北地方整備局福島河川国道事務所 福島 陽介所長

はじめに、福島所長は令和元年東日本台風に伴う降雨と福島県の出水・水位の状況について説明されました。阿武隈川沿線において1,000ヘクタール以上の出水があり、堤防の決壊も数か所あったと報告。2020年1月に関係機関による「阿武隈川緊急治水対策プロジェクト」を立ち上げ、治水対策等ハードの対策と危機管理対策・減災の取り組みといったソフト対策を進めていることを紹介しました。また、無提区間の堤防整備や河道掘削にも着手し、阿武隈川流域に簡易型河川監視カメラを設置するなどの対策も進行中。さらに、治水協定を締結し水害対策に使用できる容量を増やしたと報告されました。気候変動による洪水水量の増加を鑑み、河川の整備だけでなく、治水計画の見直し、阿武隈川流域全体で「流域治水」に取り組んでいく考えを示しました。

 

郡山市における取り組み紹介

郡山市河川課 池田 剛課長

池田課長は郡山市の取り組みとして、準用河川徳定川整備事業と洪水ハザードマップの改訂、避難所対応について紹介しました。まず、台風19号による工学部周辺の被災状況を報告しながら、過去の大規模な災害と比べても甚大だったことを示しました。現在、内水氾濫量55万平方メートルに対応すべく、徳定川を広げる工事と工学部の手前に放水路を設置し、阿武隈川に流すための工事を実施していると報告。さらに、古川池の貯留能力の増強も検討していることを示唆しました。ハザードマップの変更点については、浸水想定区域を約1.3倍に拡大し、台風19号の浸水の実績範囲・河川堤防の決壊地点・河川の越水や溢水箇所といった情報を記載したことを挙げました。また、工学部70号館など垂直避難に特化した避難所を新たに指定したことも報告しました。

 

水害から地域を守るための対策を考える

話題提供していただいた講演者5名に、郡山市 品川萬里市長、日本大学 長林久夫名誉教授、 日本大学工学部 朝岡良浩准教授を加えた8名によるパネルディスカッションを行いました。コーディネータは岩城教授が務めました。

はじめに、品川市長にこれまでの報告を受けてのご意見を賜りました。品川市長は、この地域に大学があったからこそできた分析だと表され、「研究成果をすぐにでも流域治水行政に活かしていきたい」との意向を示されました。また、工学部での教員時代から40年以上に亘って阿武隈川の災害に関わってきた長林名誉教授からは、今回の水害に対し、「避難の手法をあらかじめ決定し早めの避難につなげていただきたい」とのご意見がありました。さらに、ダムや堤防の整備だけでなく、流域の治水が大事であるとご指南いただきました。朝岡准教授は河川を含めた研究に取り組んでおり、普段から超過洪水に備えることが重要だと指摘。また、整備をしたことにより、他の場所で被害が出る可能性もあることを示唆しつつ、研究者として超過洪水に資する情報提供や水害リスクの評価に資する研究に取り組みたいと述べました。岩城教授は朝岡准教授のコメントを受け、「水害に関する正しい理解を産官学民が共有することが大事であり、このシンポジウムの主旨でもある」と強調されました。

ここからは事前に受けた質問に対して、登壇者の方々に答えていただきました。

Q1.行政に対して、研究成果をどのように活かしていくのか、どのように災害に強いまちづくりを進めていくのか

品川市長:郡山市としては研究成果を阿武隈川流域17市町村で共有したい。水害対策はサービスからサポートに変わってきている。住民の皆さまにも広く流域治水の考え方を認識してほしい。

福島所長:氾濫をできるだけ防ぐ対策、被害対象を減少させる対策、被害軽減・早期復興復旧対策を進めるにあたり、避難行動調査などの研究発表が大変参考になった。大学等と連携しながら対策を進めていきたい。

 

2.水害の被害軽減のために何が必要か、それぞれの立場からどう考えているか

池田課長:整備が進んでない河川の改修と管理が必要。さらに治水対策として貯留施設の整備をバランスよくやっていくことが必要だ。

ここでソフト面の対策として、郡山市防災危機管理課 佐藤正人係長にも考えを伺いました。

佐藤係長:自主避難所の開設やコロナ禍でも安心して避難できる体制、車中避難場所の確保、早期の避難情報の発信、防災士の養成等、充実した取り組みを進めて地域防災力の向上に努めていきたい。

森山教授:もともと火災が専門で、煙や火から人をどうやって避難させるかを研究しているが、人間は災害があっても自分だけは大丈夫、まだ逃げなくてもよいと思ってしまう「正常性バイヤス」に陥りやすい。災害時には自分が正常性バイヤスに陥っていないかを疑ってほしい。また、近所の方の声掛けが大事になってくる。

長林名誉教授:森林整備による治水効果といった見えにくいものを数値化することを大学の研究テーマにすべきだと思う。

 

3.日大工学部と行政の連携の中でのこれまでの取り組みと今後の展望について

朝岡准教授:豪雨時に田んぼに水を蓄え、河川への流出を抑える田んぼダム事業を郡山市や須賀川市と連携して5年ほど前から行っている。また、郡山市上下水道局と一緒に豪雨時の都市型水害対策の研究も行っている。今後の展望としては、河川全体で水害リスクを評価する必要があると考え、福島河川国道事務所と連携して、阿武隈川と逢瀬川の水害リスクの移動について研究を始めている。さらに大学が挑戦的にやるべき研究として、洪水予報、超過水位予報の研究に取り組んでいきたい。

岩城教授:3つの質問のほかに、70号館を避難所としてどのようにして強化していくのかという質問が多く寄せられている。また、どのような避難経路をとればよいのかについても、あらためて森山教授よりお話いただきたい。

森山教授:70号館への避難ルートがわかりづらいことが一番の難題になっている。車で避難できるように道幅を広げることも必要で、郡山市に提案しているところ。70号館の地下の機械室に水が入らないように整備することも必要であり、食料や飲み水などの備蓄に関しても、どこに誰が用意すべきか今後つめていきたい。

品川市長:70号館がいろいろな事態に対応している先見の銘に敬意を表したい。大学には70号館を避難所として受け入れていただき、協定まで結んでいただいたことに感謝している。

ここで、本日会場にお越しいただいた徳定町内会の鈴木会長に感想などをお聞きしました。鈴木会長は70号館の避難所受け入れに対し感謝するとともに、町内会でも避難所の設置を計画していることを明かされ、本シンポジウムの内容が大変勉強になったと講評いただきました。また、郡山市や福島河川国道事務所には水害対策について要望も出されました。同様に、会場の市民の方からも、水害対策に関する厳しいご意見をいただきました。行政の方からは、着実な整備対策について検討しており、緊急対策プロジェクトを発足するなど早急に進めていきたいとのお答えをいただきました。

最後に、各コメンテーターから未曽有の大災害から地域を守るためのキーワードを挙げていただきました。

品川市長:水理学的な数値によって導き出された水害対策を示していただくとわかりやすいので、大学の先生方にはそれをお願いしたい。実際に治水工事を行う産業界の方の話も聞ければより充実できると思われる。この分野も産学官連携を図っていきたい。

長林名誉教授:家庭や学校、職場の避難行動計画が必要。郡山市にはマイ避難をつくるための指導者を育ててほしい。また、地域の一体化したマイタイムライン作成を予算化し強力に進めてほしい。

朝岡准教授:官と連携しながら、水理学の研究を通して水災害の軽減を目指していきたい。

金山教授:粘り強い防災、多重防護が重要。完全に崩れなければ被害を軽減できるという切り口で、河川の水害対策も進めていければと考えている。

森山教授:70号館への避難経路と支援物資のルートは同じになるはず。短期的な視点で道路の整備をどうするか考えていきたい。

中村准教授:様々な予測の情報、基盤の情報を融合して地域の皆様に提供していきたいと考えている。

福島所長:プロジェクトを推進して河川の整備を進めていきたい。気候変動、災害の激甚化に備えた流域治水を関係者の皆様と連携して進めていきたい。

池田課長:プロジェクトで徳定川、古川池の水害状況をまとめていただいた成果を今後の整備事業の中で充分活かしていきたいと考えている。

岩城教授はまとめとして、「防災・減災には産官学民の総力戦が必須。プロジェクトを通して行政との信頼関係が構築されつつあるが、地域に必要とされる大学になるためにも、今後は地域住民との壁を低くして意思疎通を図り、一緒に取り組むことが重要」と総括しました。そして、本年度中に研究成果をまとめ、最終報告会を実施したいとの方針を示し、本シンポジウムを締めくくりました。

研究発表した学生たちは、「自分たちが研究したことが、社会にどのように役立つのかが分かり、改めて重要性を実感した」と話しているように、学生にとっても貴重な経験になったようです。それぞれ有用な情報を共有したことや住民の方の生の声も聴くことができたのは大きな収穫でした。今後、さらに個々の研究を深め、プロジェクトの成果を還元しながら、キャンパスとその周辺地域の安全安心に努めてまいります。