建築学科の渡部和生特任教授が『東日本大震災・原子力災害伝承館』を設計しました

記憶の再生を促し、未来への懸け橋となる場を構築
建築を通して復興の加速化に寄与していく

令和2年9月20日、東京電力福島第一原子力発電所事故などの記憶や教訓を後世に伝える福島県のアーカイブ拠点施設として、双葉郡双葉町に開館した『東日本大震災・原子力災害伝承館』。この建築設計を手掛けたのが、建築学科空間デザイン研究室の渡部和生特任教授です。同館は、東日本大震災及び原子力災害によって失われた浜通り地域等の産業回復を目的に、新たな産業基盤の構築を目指す国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」の情報発信拠点として福島県が整備を進めたものです。地上3階建て、延べ床面積約5,300平方メートルを有する建物には、地震や原子力災害及び復興の過程を示す約24万点に及ぶ資料が収集・保存され、未来に残すとともに、展示によって災害・復興に関する情報を発信していきます。さらにフィールドワークやワークショップ等の研修プログラムを実施する施設としても活用されます。
郡山市出身の渡部特任教授は、この施設に対する並々ならぬ思い入れがあったと言います。その思いとともに、伝承館がどのように設計されたのか、詳しくご紹介いただきました。

コンセプトは「自然とのつながりとアーカイブ」

 我が故郷である福島県は、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震、津波、そして原子力災害という未曾有の複合災害を経験しました。郡山で生まれ育った私にとって、浜通りは幼い頃に両親に連れられて行った海水浴の楽しい思い出の場所。同様に、福島の人たちにとっては日常的に慣れ親しんできた場所です。故郷を愛する建築家としての熱い思いと、そして現在、福島県にある大学で活動する教員として福島の復興に寄与したいという思いが、伝承館の建築を担うことにつながったのだと思います。設計するにあたり、伝承館は大事なものを収める建物であり、重要な役割を担う施設ではありますが、防御的で固く重苦しい建築ではなく、どこか“海の家”のような、軽やかで親しみやすい建築にすることを意識しました。ここを訪れた人々が、かつて見た海の風景や海風を感じられる懐かしい場所にしたい。そうした思いから、技術力を最善に駆使しながらも、その土地に馴染むような建築形態あるいは空間になるような設計を心掛けました。

エントランスホール内観

福島県が基本構想として掲げた3つの理念は、第一に「原子力災害と復興の記録を収集・保存・研究研修し、未来へ継承するとともに全世界と共有する」、第二に「原子力災害の経験と教訓を防災・減災に生かす」、最後に「福島に心を寄せる人々との交流の場となり復興の加速化に寄与する」。この理念に基づき、前述の思いや考えを組み込みながら、アーカイブすなわち記憶の再生を促し、未来への懸け橋となる場を構築していきました。

 プログラム的には大地震・津波・原子力発電所の事故などの複合災害の貴重な資料を収集・保存し、研究・研修に活用するとともに、展示・プレゼンテーションすることが目的です。現物資料はデジタル空間では得ることのできないものとしての力を持っています。また、情報資料もデジタル空間における定点という意味で重要です。貴重な資料を損なうことなく、未来に継承し、世界と共有するために、収蔵庫・資料展示は2階に設置。サーバ室も2階に、電源設備は屋上に設置しました。この災害の大きな教訓、それは「万が一と言われていることでも起こりうる」ということでした。教訓を体現化し、来館者への原子力災害の説明と万が一に備えた建物のつくりに関連性を持たせました。

この施設の中でも特徴的な円形ホールは、語り部ホール及び映像シアターとしての利用を想定して設計しています。未来を担う子どもたちがこの災害の経験・教訓を継承するには、展示物の見学や専門家による講演も大切ですが、この災害を体験した語り部の役割も重要です。語り部はまずエントランスホールで、さらに円形ホールでは中央に立ち、それぞれの経験・教訓を自らの声で子どもたちに伝えます。子どもたちはフロアに車座になったり、スロープの手摺り越しに耳を傾け、目を見張ります。また、ここでは、円形ホールを囲むように設置した螺旋のスロープと一体化したスクリーンや床に展示映像を映写します。地震、津波、原子力災害、仮設住宅、復興、そして伝承館の竣工といった事の始まりから現在に至る道のりを映像で学習した後、スロープを上って常設展示室へと移動します。各階には海のテラスがあり、それぞれの階で異なる海の気配を感じられるように設計しました。3階にある海のテラスからはアーカイブ広場、復興祈念公園とその先にある海、背後には阿武隈山地など、福島の人々を育んだ自然を眺めることができます。フォルムを湾曲させた海の見える東側は母なる海をイメージできるように、反対に山が見える西側は父なる山をイメージできるように設計しています。全体のイメージとしては、縁甲板(えんこういた)や羽目板といった親しみやすい材料を使用することで、縁側や海の家のような空間を意識しました。

円形ホール内観

南側外観メインエントランス

東側メインアプローチ

また、設計要件にはなかったことですが、来館者が語り部やボランティアの方々の話をホールで聴くだけでなく、屋上に上って海を見ながら、語り部が指し示す場所とそこで起きた様々な出来事を体感できるようなプログラムも取り入れていきたいと考えています。

東日本大震災・原子力災害伝承館は、多くの困難を克服しながら、未来への懸け橋となるような、「みらい」へのゲートウェイと位置付けられ、福島の様々な地域・施設へのネットワークの起点となることが期待されています。災害に心を寄せ、福島の未来に思いを抱く、多くの国内外の人々が訪れると思います。防災・減災の学習・研修の場として、様々な年齢・地域・職業の人々が集まるでしょう。リビングのような広く明るいエントランスホール、ゆったりとしたスロープで上下階のプログラムをつなぐ円形ホール、2階に配置された現物資料の展示空間と収蔵庫。そして、自然と触れ合い積層する海のテラス、アーカイブ広場など、施設の様々な場所で交流が生まれます。異文化・異業種・異分野が出会うとき、未来への指針を得ることができ、復興への加速の一助になると考えています。

東日本大震災から10年が経過しましたが、まだ多数の福島県民が避難生活を続けています。この間、日本中で様々な自然災害が発生し、記憶の風化は進行しつつあります。この建築のプログラムが記憶の再生につながることを願っており、そのプログラムの単なる背景ではなく、建築そのものが積極的に人に働きかける存在でありたいと思っています。伝承館ができる以前から、工学部の教員の方々の研究活動や学生によるボランティア活動などがこの地で展開されてきました。私を含め、これから先も工学部として、福島の復興に寄与できるよう努めてまいります。

日本大学工学部建築学科 空間デザイン研究室
特任教授 渡部 和生


【研究テーマ】

  • 空間デザインの実践的研究
  • 環境共生型建築の設計研究
  • 多様な公共空間の設計研究
  • 現代建築の道程の研究
  • 東日本大震災の復興計画の研究

【代表作品】

  • 介護老人保健施設 桔梗/日本建築家協会・JIA新人賞
  • 福島県立郡山養護学校/日本建築学会賞(作品)
  • 太田看護専門学校/日本建築士会連合会賞
  • 長岡市立東中学校/日本建築学会・作品選集

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