近代日本建築史に新たな領域を拓いた著書が

日本建築学会著作賞を受賞

2014日本建築学会著作賞image002この度、建築学科速水清孝准教授の著作『建築家と建築士―法と住宅をめぐる百年』(東京大学出版会、2011年)が、2014年日本建築学会著作賞を受賞しました。この賞は、日本建築学会の会員が執筆した建築に関わる著書で、学術・技術・芸術などの進歩発展や建築文化の普及啓発に寄与した優れた業績に対し贈られるものです。対象となった53件から5件が選ばれ、さる530()、同学会通常総会で行われた贈呈式において、速水准教授には賞状と盾が贈られました。

本書は昨年、第17建築史学会賞にも輝いています。速水准教授に喜びの声とともに受賞の経緯や今後の研究活動についてお話を伺いました。

 

―日本建築学会著作賞受賞おめでとうございます。感想をお聞かせください。

ありがとうございます。研究をしている最中は、価値があると思っていても、夢中であるぶん冷静さを欠いていますから、自分でも案外価値をよく分かっていないものです。こうして賞をいただけたということは、それが思い込みでなく、自分以外の人にも共感していただけたということですので、とてもありがたく思います。

また、この本は私の博士論文を底本にしていますが、その審査で副査を務めて下さった東京大学名誉教授の鈴木博之先生() も、今回同じ賞を一緒に受賞されています。不遜にも鈴木先生と肩を並べる形となり、その意味でも大変光栄なことだと思っています。

それ以上にありがたかったのは、着手から出版に至るまでには、多くの方にご協力をいただきましたから、そうした方々にご恩返しができたということです。そしてまた今回は、昨年の建築史学会賞とは違う観点から評価していただいたことも、私にとってうれしいことでした。

 

―今回は、どのような点が評価されたのですか。

 ちょっと前置きが長くなりますが、この本は、日本の建築士法という法律がなぜ、いかにつくられたのか、という制定までのプロセスを描いた第二次世界大戦の終戦直後までの部分と、それ以後今日に至る戦後の部分の大きく2つからなっています。

現在、日本の近代建築史は、戦前については通史が豊富にあるものの、戦後はまだひな形がなく、建築史研究者の誰もが「戦後史をいかに描くか」を模索しているさなかです。私自身、「戦後は書かない」という選択を考えたこともありました。

でも、私が扱ったのはニッチな領域で、続こうとする人はしばらく現れそうもありません。そうなると、すでに戦後70年ですから、すぐに100年くらいの空白ができてしまう。さすがにそれはマズイ。「ならば、法ができてから現在に至る部分についても、書く責任があるのではない か。過去が現在にどうつながるかを示す必要もある」。そう考え、蛮勇をふるって書いたというわけです。

2014日本建築学会著作賞image004もちろん1冊の本ですから、主張は一貫したものになるべきです。そこで注目したのが住宅問題でした。

研究の途上で、立法を牽引した内藤亮一氏(建設省)一般住宅をはじめとする日本の住宅問題の解決への期待によってこの法が編まれた、という事実を発見していました。そこで、その住宅問題を軸に、戦後、そして現在にまで貫いていくと、新しい通史が描けるかもしれないと考えたのです。

私が取り組む以前、この領域は、「建築家の職能問題」という立場から、「日本はおかしい。西洋の建築家の姿に倣うべきだ」という考え方が支配的で、いささか歪んでいるように見えました。職能問題に代えて住宅問題を据えたことで、これまでの定説をひっくり返しつつ、論としても素直なものになったと思います。

そもそも、建築自体が、万国共通の様式だけでなく、その土地に根差したものの価値も認められている。海外からもたらされたデザインが土着化する過程で変質することも容認されています。でありながら、「それを手がける人のありようだけは、西洋に倣わなければならない」という理屈はやはりおかしかったわけですね。また一口に西洋といっても一義的ではない。となれば、日本には日本の独自性があってよいはずです。

2014日本建築学会著作賞image006日本建築学会ではこうした点をご評価いただき、「建築家の『職能運動』から『建築史』へというパラダイム変換をなしえたこと」、「職能及び建築士法に関わる歴史的検討に全く新しい視点を提供するもので、建築界がいかに社会に貢献しようとしたかを再考するための建設的な素材」であることを特筆すべき点として挙げて下さっています。これらは、苦しみながら試みた戦後の部分があってこその評ですので、私にとって大きなことでした。

そしてこれによって、昨年の建築史学会ではこの本の「建築士法という法律ができるまで」を、今年の日本建築学会では、「建築士法ができた後」をそれぞれご評価いただき、2つの部分の両方に価値を見出していただいたことになりました。これでいよいよ長く携わってきたこの一連の研究にも一区切りついたかなと感じています。

 

―現在はどのような研究に取り組まれていますか。

2014日本建築学会著作賞image008今の私の研究は、全て震災が蒔いた種といっても過言ではありません。赴任したのがちょうど震災の年でしたから、そこから3年、ひたすら震災と向き合ってきました。その3年のうちに、1,100件余りの福島県内の歴史的建造物の被害を調査しました。

これによって、福島第一原発の警戒区域を除く県内の全ての歴史的建造物の把握を終えたことになります。たぶん、東北6県でこれを終えたのは私たち福島県だけだと思いますが、その結果をまとめつつ、そこから次の展開を見定め始めています。これまでにひたすら量を把握しましたから、次は質の問題になるのかと思います。そして、震災を契機に、いくつかの歴史的建造物の保存や修復のお手伝いをさせていただいたりもしています。

2014日本建築学会著作賞image010一方、間接的なものもあります。昨年取り組み始めた会津地方の農村舞台の研究などはそうした流れのものです。

農村舞台というテーマ自体は、赴任早々にお隣の研究室の浦部智義先生(建築計画)に声をかけていただきながらも態勢が整わずあきらめた経緯があり、「いつかは」と思っていました。それが調査で歩く中でできたご縁で、いよいよ取り組むに至ったというものです。

まずは農村舞台のうちでも仮設のものから始めたのですが、これが実に面白い。

農村で年1回程行われる田舎芝居用に組み立てられるもので、普段はお寺の床下などに保管されています。効率よく組み立てるための構造・構法や材料など、本当によく考えられているのです。仮設というのは建築の研究テーマとしては主流ではないものの、震災の経験を通して重要な課題になったわけですし、社会背景も含め、それ自体がとてもユニークな対象です。町おこしばかりでなく、そこに歴史などの別な視点を加えると、これからの建築にとって大切な何かが見えてくるのではないかと想像しています。

 2014日本建築学会著作賞image012またこれも震災を機に始めたものですが、戦前の日本で活躍した建築家アントニン・レーモンドのスタッフに焦点をあてた研究にも取り組んでいます。レーモンドの下で働いていたヤン・ヨセフ・スワガーという人物が設計した「旧ノートルダム修道院」(1935、福島市)が被災を理由に解体されるにあたり、日本建築学会の立場で保存要望書を提出したのがきっかけです。

有名な建築家を取り上げる研究は多いものの、建築は一人の力で造れるものではありません。スタッフがいたからこそ優れた建築も生まれたに違いない。建築家の設計にスタッフがどう影響し、どう貢献したかという切り口で進めています。一握りのスター的な建築家でなく、その周辺にいる無名の人たちにスポットライトをあてるのも私ならでは、と言えるかもしれません。

いずれも震災を種として得たものですから、そうした種をうまく育てて芽吹かせたいと思っています。震災でやられただけではなく、得るものもあった、ということにしないといけないですからね(笑)。

 

―ありがとうございました。今後ますますのご活躍を祈念しております。

 

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