第7回ロハスの工学シンポジウムを開催しました

『ロハスの工学によるグリーンインフラの推進』を目指して

平成28年10月、郡山市と日本大学工学部との間で『下水道事業における連携協定』が締結され、平成29年8月より、下水処理にグリーンインフラを導入した我が国の最先端の事例である『ロハスの花壇』による下水の試験処理が湖南浄化センターで始まりました。本シンポジウムでは、『ロハスの花壇』を生み出した「ロハスの家」プロジェクトから最新のグリーンインフラの事例まで、産・学・官・民の異なる立場からご紹介し、自然環境、地域経済、コミュニティ、個人にとって有益な新しい社会基盤となるグリーンインフラについて、市民の皆様とともに考えました。
 開催にあたり、出村克宣工学部長が登壇し、「震災後、復興を進める中で、これからの工学にとってロハスの工学が重要だと強く感じました。人間で言えば成人式を迎える年月を積み重ね、ロハスの工学が広く伝わり、いろいろ活用されるようになってきました。このシンポジウムでは、その一つであるグリーンインフラに触れていただき、有意義な場になることを期待します」と挨拶しました。

はじめに、元日本大学工学部機械工学科教授で現在日本大学工学部上席研究員の加藤康司先生による基調講演を行いました。

 

基調講演 『ロハスの技術と産業~エネルギー水材料自立・自然共生のふくしま~』  日本大学工学部上席研究員 加藤康司

 加藤先生は、日本と世界におけるグリーンインフラの役割について紹介しながら、これからの若い世代にチャレンジしてほしい課題を考察しました。まず、グリーンインフラ時代がどのように始まっていったのか、ロンドンなどの先行模範例、EC(欧州委員会)が打ち出したグリーンインフラ戦略や日本でのグリーンインフラの始まりについて紹介されました。大量消費の時代から健康で持続可能な生活スタイルを求める時代になり、日本大学工学部ではエンジニアリングに貢献するために、外部電力を必要としない『ロハスの家』の研究に着手し、そこから本格的な工学部のロハス時代が始まったと述べました。学内にとどまらず、郡山市の協力を得て学外でも進んでいる浅部地中熱を利用した実証実験や排水を浄化するロハスの花壇について説明するとともに、すでに工学部ではロハスとグリーンインフラの融合が始まっていることを示唆しました。そして、これからはコンクリート構造物を使ったグレーインフラとグリーンインフラをベストミックスさせたハイブリッドインフラが有効であると言及されました。

次に4つの講演を行い、産・学・官・民の立場からグリーンインフラの事例を紹介していただきました。

『資源循環・インフラ長寿命化・社会の活性化に貢献する下水道事業を目指して』
郡山市長 品川 萬里

 品川市長は、郡山市の最大の課題として下水道整備を挙げました。浸水被害対策や社会の活性化にもつながる下水道事業について、長期的視野に立ってインフラの長寿命化を考えていかなければならないと言及。IoTを活用した下水道施設の管理体制強化にも触れ、ESG(環境・社会・統治)を念頭に置きながら、「身近な問題から最大の課題まで、市民の皆様とともに考え歩んでいきたい」と述べられました。

 

『ロハスの花壇による下水処理のグリーン化の推進』
日本大学工学部 土木工学科 教授 中野 和典

 中野教授は、ロハスの家の水自立を支えるロハスの花壇について紹介しました。ロハスの花壇の水浄化システムやそれを応用したロハスのトイレについても説明しました。社会実装研究も進み、環境教育の場としても貢献しているロハスの花壇。「これまでグレーインフラだった下水処理にロハスの花壇のようなグリーンインフラを組み合わせることで、住民が管理するインフラもできるのでは」と示唆しました。

 

『グリーンインフラによるこれからのランドスケープ』
株式会社日比谷アメニス 坂本 哲

 坂本氏はまず、日比谷アメニスの事業領域について、施工・管理・運営の実績を紹介しながら説明しました。そして、グリーンインフラに関する世界や日本の様々な事例を挙げ、今後どのような方向性に進み、どう発展していくのかを論じました。坂本氏は、「自然が持つ機能を利用したインフラがランドスケープにも付加・発展していくだろう」と話し、実際につくって実証していくことが必要だと言及しました。

 

『グリーンインフラで楽しいオフグリッドライフを!』
有限会社アトムグラフィックス 代表取締役 大村 充

 電気・ガス・水道事業社と契約せずに、自給自足する生活スタイル『オフグリッドライフ』とはどのようなものなのか、大村氏は自らの経験をもとに紹介しました。最大の問題は水であるとし、特に深刻な難題となったトイレについては、中野教授のアドバイスによりロハスの花壇の機能を応用したトイレを計画。自力でグリーンインフラを進める大村氏は、「我慢ではない、こうした楽しい暮らしがあることを多くの人に伝えたい」と訴えました。

 

パネルディスカッション 『グリーンインフラのこれから』

中野 和典 教授

佐藤 伸治 氏

坂本 哲 氏

大村 充 氏

 

 

 

 

 

 

続いて、ラジオ福島アナウンサーの海藤尚美氏を司会進行役に招き、講演者3名に郡山市下水道局の佐藤伸治氏を加えて、パネルディスカッションを開催しました。
まずは、郡山市の具体的なグリーンインフラを取り入れた未来像について、佐藤氏に意見を伺いました。昨年より始まった湖南浄化センターの見学ツアーを計画していると言う佐藤氏は、「多くの子どもたちに実証実験やロハスの花壇を体験してもらうことで、下水道に興味を持ち、循環型社会のあり方を学んでほしい」と伝えました。そして、「ロハスの花壇のように汚水を使って花や野菜の栽培をしているシステムは稀有なので、“郡山発”を目指して発信していきたい」と抱負を述べました。さらに、汚水浄化を証明できた湖南浄化センターで、次は施設への負荷軽減の状況や災害対策になるロハスのトイについても検証を進める意向を示しました。
同じ質問に中野教授は、日本でもグリーンインフラの考え方が進んできている中で、「いろいろなタイプのグリーンインフラのモデルケースをつくっていけば面白いのでは」と示唆しました。坂本氏は、福島を未来的な思考でチャレンジする土壌がある地域と見ており、「グリーンインフラを先進的に進めていけるのではないか」と期待を寄せていました。現在三重県に住んでいる大村氏は三重と郡山市が似ていると言い、「グリーンインフラが考えやすい地域であり、実際に上手くいくと思う」と確信していました。

次に、グリーンインフラにおける新たな提案について伺いました。中野教授は、広く自然・土地を使うグリーンインフラは、近代的技術ではなく自然をどう上手く使うかといった温故知新的な知恵を掘り起こすことが大事になると言及しました。これまで住宅の建築に関わってきた大村氏は、就労人口が減っている農業の問題に目を向け、今後は耕作地を持った生産住宅が必要になると言及。さらに、使わなくなった住宅を壊す際のことまで考えて、基礎の部分をコンクリートではなく木材にするというグリーンインフラの方向性も示しました。坂本氏は、土地の記憶や地域的な性質に合わせたものをつくるべきとし、「グリーンインフラの特徴の一つは人と自然の融合であり、人々が集うコミュニティ施設として機能させることが必要」だと述べました。
さらに、郡山市でこれまで行ってきた取り組みについて問われた佐藤氏は、地下には雨水を流す排水路、その上にはバリアフリーの歩道などを設置した散策路「せせらぎこみち」について紹介しました。また、今後の取り組みとして、ゲリラ豪雨等の対策のために21世紀記念公園の地下に貯水できる設備をつくる工事を始めたことにも触れました。
 ここで、会場の品川市長にもご意見を伺いました。「樹木と草だけではなく、グリーンの役割を果たす建物もグリーンインフラではないか」との持論を示した品川市長。そして、グリーンインフラは生態系そのものであり、ロハスの工学もグリーンインフラも地球を利用する技術だという考えを示すとともに、「次の世代にグリーンインフラを残すことが我々の使命だ」と強調しました。そこで海藤氏は、今後グレーインフラはどうなっていくのか、中野教授に意見を求めました。中野教授は、社会の基盤のほとんどを占めるグレーインフラを全く使わないというのではなく、地球や自然に譲歩しながら人間と自然環境がWinWinの関係になるグリーンインフラをバランスよく取り入れていくことが大事だと述べました。官の立場から佐藤氏は、下水道の整備や浸水対策などの面からグレーインフラを進める必要があるとし、下水道は多くの可能性を秘めた資源であり宝の山であると言及。「整備した下水道で社会に貢献していき、市民の皆様にもご理解いただけるようにしたい」と訴えました。
最後に会場から質問やご意見を伺いました。すると中野教授に対し、ロハスのトイレの機能を使って五十鈴湖やさくら湖などを水質改善できるかという質問が投げかけられました。また、ロハスの花壇をそのまま農地にして利用できるかも問われました。中野教授は、「ロハスのトイレでは洗浄水として使える水質になっているため、湖沼の汚染の原因である窒素やリンを除去するには、ろ材を替える必要がある」と答えました。そして、田畑をロハスの花壇にすることは可能だと言及しました。また、里山生活に関する質問を受けた大村氏は、豊かな生活を送っているものの、飲料水についてはペットボトルを使用し、トイレについては今後雨水を利用していく考えを示すとともに、「雨水を飲み水として利用するためには煮沸や活性炭ろ過が必要」と答えました。さらに、ビオトープ、ロハス、グリーンインフラを総称したよい言葉はないかという問いに海藤氏は、次のシンポジウムまでの宿題とし、パネルディスカッションを締めくくりました。

 閉会の挨拶に際し、工学研究所次長の柿崎隆夫教授は、会場の皆様がグリーンインフラも含めてロハス的な考えに共感していただいていることを実感しながら、「今後、工学部の研究者は、大学院生、企業の方々とともにロハスの工学を具現化していくことがミッション」だと言及しました。そして、「グリーン化することで楽しくサステナブルな郡山市、日本にしていきたい」との決意を示すとともに、ご参加いただいた会場の皆様に感謝の意を表しました。

 

シンポジウムを終え、市民の方に感想を伺ったところ、「震災の時に生活用水で苦労したので、ロハスのトイレに大変興味を持った。災害対策の重要性も感じた」と話していました。企業の方からは、「グレーとグリーンのハイブリッドが重要になると感じた」、「復興のために産学官連携で研究を進めていくことが大事」との意見や、「福島といえば“日大工学部”と言われるような存在になってほしい」といった要望も聞かれました。機械工学専攻の院生(左の写真)は、「加藤先生の話を聞いて、これからの研究の方向性が定まった」、「海外のグリーンインフラの事例が参考になった」、機械工学科の学生(右の写真)は「グリーンインフラやオフグリットライフの情報を自分の研究に役立てて、社会に貢献していきたい」と語っていました。土木工学専攻の院生は、「グリーンインフラにはまだまだ課題があるが、グレーインフラとハイブリッドにしていくのが有効的だと思う」と話していました。
7回目を迎えた『ロハスの工学シンポジウム』で、これからの社会にはグレーとグリーンのハイブリッドインフラが有効的だという方向性が見えてきました。そして、それを形にしていくことが工学部の使命であると考えます。様々な課題が山積する現代社会において、ロハスの工学の果たす役割は益々大きなものとなるでしょう。どんな課題にどのように取り組んでいくのか、次回のシンポジウムも市民の皆様とともに考えていきたいと思います。ご参加いただきました皆様には、深く感謝申し上げます。