脳波が示す未来:神経科学と耐震工学の融合
教授 ガン・ブンタラ
●はじめに:頑強な構造物や先進的な構造システムの設計を追求する中で、私たちはしばしば予期せぬ源
泉からインスピレーションを得ます。中でも、特に魅力的なのが人間の脳です。脳が発する複雑な波形パ
ターンや動的な神経振動は、革新的な設計図としての可能性を秘めています。
本巻頭言では、脳波の適応的な性質がどのように工学的解決策の創出に寄与しているかを、特に耐震工学
の視点から検証します。
●人間の脳波の神秘:人間の脳は、その複雑さと高い適応力において、私たちに驚嘆の念を抱かせます。
脳は常に膨大な信号を処理し、混沌とした電気的衝動を一貫した思考や感情、運動へと変換しています。
この神経振動は、その独自の複雑性に加え、衝撃を吸収し急激な変化に迅速に対応する工学システムのモ
デルとして、エンジニアに大きな示唆を与えています。
脳の適応・自己調整能力を模倣することで、エンジニアは予測不可能な自然の力に対抗する構造物や素材
の開発に挑戦しているのです。
●革新的なアプローチと学際的連携:この革新的なアプローチの根幹には、神経科学と工学という異なる
分野の学際的な連携研究があります。神経科学の原理と最新の工学技術を融合することで、研究者たちは
構造物の耐性向上につながる新たな手法を次々に解明しています。
たとえば、ニューロンが発火パターンを調整する仕組みに着目した動的振動制御の概念は、スマートダン
ピング(減衰)システムの開発に大きく貢献しています。
これらの構造システムは、外部からの地震活動に対し、まるで脳が刺激に反応するかのようにリアルタイ
ムで対応し、被害を大幅に軽減しているのです。
●地震の揺れと震度の評価:地震におけるエネルギーの大きさを示すマグニチュードと、特定の地点で体
感される揺れの強さを表す震度は、電球の明るさと部屋全体の明るさに例えるとわかりやすいです。明る
い電球はその周囲を照らしますが、離れるにつれて明るさは薄れていきます。
日本では、地震発生時の地震動の影響を、Seismic Intensity Level(SIL, 震度)という指標で定量化し
ています。この指標は、実際に揺れを体感する人々への影響を反映しており、リヒタースケールといった
エネルギー指標とは一線を画す、人間中心の評価方法です。歴史的には19世紀末に実証的に導入され、
1995年の兵庫県南部地震を契機に改良が進められ、今日では建築構造物の耐震性能評価において不可欠な
役割を果たしています。
●脳波(EEG)と感情の検出:近年、技術の進歩により、複数の電極チャンネルを用いて脳波
(Electroencephalogram, EEG)信号を取得し、人間の感情状態を評価する試みが進んでいます。しかし、
地震動と人間の感情との間にどのような相関関係があるのかは、まだ十分に解明されていません。本研究
では、震度(SIL)とEEGデータとの関係を包括的に検討することで、この未踏の領域に挑戦を試みていま
す。建物の揺れを定量的に評価し、SILを科学的に検証することで、現行の耐震設計基準の向上や、早期
警戒システムなど多様な災害緩和ツールの開発を推進しています。実験では、被験者を対象としたシェイ
キングテーブル試験を通じて、測定されたSIL値と、EEGに基づく不快感、恐怖、そして不安といった感情
表出との相関を明らかにし、今後の耐震研究に有益な知見を提供していく予定です。
●神経科学と工学の未来展望:神経科学と工学の融合は、今後さらなる革新の可能性を秘めていると考え
られます。脳活動と構造物の耐性との複雑な相互作用に関する探求が、耐震工学のみならず、土木や建築
設計全体における新たな発想を生み出す可能性があります。脳波パターンが適応性および強靭性にどのよ
うに寄与しているかという理解が深まるにつれ、人間の精神のように柔軟かつ迅速に対応する構造システ
ム設計への道が次第に開かれていくと期待しています。この融合が次世代の工学技術を支え、新たな可能
性を切り拓く鍵となることを期待しています。
●おわりに:本巻頭言では、一見すると全く異なる領域である神経科学と工学の融合に注目し、その可能
性を紹介しました。脳波と工学の接点を探る過程で、自然はしばしば最も困難な問題に対して、最も洗練
された解決策を提示していることが明らかになりました。神経科学に触発された工学への挑戦が、新たな
発想を呼び起こし、従来の枠組みを超える革新の精神を育むことで、より安全で柔軟な未来の実現に寄与
することを心より期待しております。
さらに、今後は実証実験やフィールドテストを重ね、これらの技術を実際の建築現場や都市計画に応用す
ることで、実践的かつ革新的な耐震設計の実現が一層加速されると確信しています。この挑戦が次世代の
技術革新を牽引し、社会の安全性と快適性を飛躍的に向上させることを強く願っています。
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