実務家・研究者・教育者として
教授 森山 修治
私は、2015年4月から2024年3月までの9年間、日本大学工学部建築学科に教員として在籍しました。私は
もともと、建築設備設計と建築防災計画の実務設計者であり、2015年3月までの30年間、東京の設計事務所
に勤務していました。生まれは郡山市の約60km南に位置する東白川郡塙町で、出身高校は県立白河高校で
す。高校卒業後、家業の製材業を継ぐつもりで東京の大学の建築学科に進学しましたが、在学中に木材不
況により実家が廃業してしまい、やむを得ず都内で就職することにしました。そこで初めて自分のやりた
いことを考え、就職先として研究と設計の両方ができる日建設計を選択しました。
日建設計入社後は空調設備や衛生設備の設計を始めたのですが、最初の10年間は仕事を覚えるので精い
っぱいでした。特に初年度は右も左もわからず、小規模物件の資料を渡されて「分からないことは何でも
聞いてください。あとはよろしくお願いします」と上司に言われましたが、何を聞いたらいいかもわから
ず途方にくれました。そのとき役に立ったのが、大学で習った建築環境工学や建築設備の知識とテキスト
でした。
入社10年を過ぎた頃から自由に設計ができるようになり、仕事に余裕も生じてきました。また設計に自
分の独自性を持ちたいとも考え始めました。そこで当時、性能設計の研究が盛んであった防災に興味を持
ち、独学で勉強を始めました。目標は建築意匠・設備と防災計画を融合させた建物を設計することです。
教科書としたのは「建築物の総合防火設計法(全4巻)」(平成元年、建設省技術調査室監修)ですが、文
献の理解には大学で学んだ環境工学の知識が大変役立ちました。文献だけで理解できないことは著者に直
接質問しましたが、高名な著者の先生方は生意気な若い設計者である私にも親切に対応してくださいまし
た。このようにして得た知見を設計に反映させ、当時の建設大臣の認定を得て建物として実現させました。
そして実務で得た知識や竣工検査の実験結果は、学会等で発表するように心がけました。研究と設計を同
時にやる楽しさは、研究成果を自分で好きな形に実現できることです。研究を実務に反映させることには
障害が付きものですが、仕事仲間にも恵まれました。困難な仕事を信頼できる仲間と成し遂げることは楽
しいことです。
“研究が好きな設計者”から“設計もできる研究者”に変わったきっかけは、2003年に韓国大邱市で起
きた地下鉄火災事件で、自殺志願者の放火により地下鉄車両と駅舎が全焼し200人近くが亡くなりました。
日本で同じ放火が起きたらどうなるかが問題になり、東京消防庁の支援のもとに実際に稼働している地下
鉄駅舎で火災実験を行う実施部隊のリーダーになりました。この火災実験は土曜深夜の終電後から日曜早
朝の始発までの約4時間の間に、機材を駅舎内に搬入、アルコールをホーム上で燃やし全長200mの駅舎全体
の気温・風速を測定後、機材を撤収するというハードな実験でした。実験成果は報告書と論文にまとめ、
建築・消防行政にも生かされました。これをきっかけに実験の面白さに取りつかれ、設備設計の仕事の合
間に東京駅地下街を一晩借り切っての避難実験や大規模展示場のエスカレータを利用した避難実験などを
企画し実施しました。
その後、2015年4月に日本大学工学部の教員となったわけですが、2019年10月の台風19号による授業の
中断や2020年から2023年4月までの新型コロナの影響によるON-LINE授業など、在籍中の約半分で通常とは
異なる状態で授業を行うなど教員にとっても、つらいものでした。これらの災害による試練は、キャンパ
スで友人に会えないなど学生のみなさんにとっても困難なことが多かったことと思います。
授業では建築設計演習IIIとIV、座学では建築設備IとIIを担当し、研究室では卒論の指導を行いました。
これらの授業を通じて学生の皆さんに伝えたかったことは、“課題をしっかり提出する”ということです。
試験や課題は勉強の成果を判定するのが目的ですが、社会人にとって最も大事な“仕事を期限までに要求
された水準以上で仕上げる”能力を養う訓練だと考えています。課題というハードルを正面から超えてい
く能力を養うための訓練です。特に建築設計演習は、“上手とか下手”よりも要求された図面を期限まで
に提出することが大事であり、それを担当する学生に伝えたつもりです。
最後に、これから社会に出られる学生の皆さんに、かつての上司から頂いた言葉を送りたいと思います。
“相手の立場に立って考える”という言葉です。これは相手を思いやることではなく、相手と立場を置き
換えて考えや行動を予測することです。社会では顧客や上司も常に味方とは限りません。相手の考えを理
解し行動を予測することは重要です。人生経験が少ないうちは難しいかもしれませんが、人間関係で困っ
たときはこの言葉を思い出してください。気持も楽になるし、人間関係の改善にも役立つかもしれません。
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