建築学科を卒業する皆さんヘ時代の変遷と大学教育方針
〜偶然の出会いを楽しみましょう〜

非常勤講師 渡邉 宏

   日本大学工学部建築学科を卒業される皆さんおめでとうございます。  いろいろな感慨を持っての旅立ちだと思います。  私が大学を卒業して間もなく半世紀です。当時、学園闘争が終焉し、オイルショックで就職難でした。 でも一時的で、すぐに終戦後から続く経済的には「明日は今日より良い」と言われた時代で、90年のバブ ル経済崩壊まで続きました。就職した当時、定年は55歳、平均寿命は男性72歳、女性76歳でした。お陰様 で私は今年その72歳になります。  皆さんは21世紀の生まれですね。人口減少・高齢化社会の中で経済は横ばい、失われた30年と言われ、 国際比較で日本は相対的に貧しくなっています。  でもそうでしょうか。私は次の成熟のための助走と考えています。これからは数字ではなく価値で評価 する社会になると期待しています。  皆さんは小学校で東日本大震災を、大学でコロナウイルス感染症パンデミックも経験しました。ひとり 一人にそれぞれの出来事と出会いと思い出があります。戦後79年、戦争のない平和な日本ですが、自然災 害、経済変動など変化は何度もありました。最近株価が上昇してバブル崩壊前の水準に近づいてい ます。  これからの半世紀、皆さんはどのような時を重ねて行くでしょうか。私は、21世紀は20世紀の日本と明 らかに違う「画一性からの脱却」の時代だと考えています。20世紀の成功体験では乗り越えられないと考 えています。4月から就職する方が多いと思います。大学は多様な価値観を先生方と仲間同士で探求する 場でしたが、「仕事」では常に計画と効率とマネジメントとその結果が問われます。成績から成果です。 人生の半分以上は上手く行きません。ヒトは記憶し想像する生き物です。悔やんだり不安を覚えたりしま す。皆さんにとって新しい環境となりますが、私の経験から、先生方と同窓の皆さんがずっと大きな支え となります。  UIA国際建築家連合の建築家憲章では「建築は社会に対するサービス」と唱っています。はじめはしっ くりしませんでしたが、特に90年代から地域の方たちと一緒に建築まちづくりや災害からの復興活動で、 モノづくり・コトづくり・ヒトづくりを重ねるにつれて、建築のサービスとは「貢献」だと考えるように なりました。  今年元旦に震度7の能登半島地震が起き、残念ながら建物の倒壊で多くの犠牲者がでました。建築で一 番大切な安全での貢献ができませんでした。さらにダメージを受けたこれまで地域の景観と生業を支えて きた建物が、取り壊されようとしています。建築の役割が問われます。建築がどのように社会に貢献でき るか、真剣に考え活動する時です。  私の建築との出会いは大学に入ってからでした。茨城から東北・仙台に来たのも、建築を専攻したのも、 偶然でした。はじめは街並みと人々の生活を考えることがきっかけでしたが、建築の持つ物語性、地域を 変える建築の力、地域や人々との交流から、人の暮らしと建築の日常性を考えるようになりました。旅を したり、人や建築物に出会ったり、設計デザインを協働したり、豊かで楽しい時間を経験することができ ました。お陰様で東北各地での建築に携わることができました。それぞれその時ご一緒できた人々と地域 の風景を思い出します。建築との出会いは旅のように偶然の連続でしたが、私の財産です。15年間に亘っ て授業を通して大学で時間を共有できたのもその一つです。  建築との偶然の出会いに感謝しています。  今、生成AIなど技術革新により、GAFAなどIT企業大手の寡頭化で、いつの間にか私たちはどこかのプラ ットフォームに取り込まれています。また地球温暖化は、その原因者ではない地球と地域社会と後世の人 たちに大きな影響を与えます。国家は地政学的対立をつくり、身近にあるが顔の見えないネット空間では 非寛容な言葉が飛び交い、私たちの日常に経済的影響と対立を生んでいます。グローバル化が進み相互依 存が高まるほど、個とローカルの価値が高まると言われています。私はこの言葉を信じたいと思います。 他者に依存するのではなく、日々の生活圏で私たちは顔の見える関係をつくり、理解と対話と協働を通し て不毛な対立に対抗したいと思います。  今は「人生100年」時代。これまでの教育〜仕事〜老後という定型から、不断の健康増進と自己研鑽に よって、変化に向き合うことが求められています。多様で正解のない社会では、一人ひとりの向きあい方 が問われます。ロータリークラブには、1973年に制定された「真実かどうか」「みんなに公平か」「好意 と友情を深めるか」「みんなのためになるかどうか」という四つのテストがあります。建築には人々の日 々の暮らしを支え、地域の文化を継承し創造する力があることを私たちは学んでいます。皆さんも私も、 これまで地球と地域社会と人々からの贈り物によって、今ここにいます。そのほとんどが偶然の出会いか らです。皆さんもこれから偶然の出会いを楽しみながら、建築の力を信じて、社会に贈り物をしましょう。   〜偶然の出会いを楽しんでください〜