新しい生活様式を考える

教授 廣田 篤彦

   コロナ禍に入ってから、かれこれ2年以上の歳月が流れた。厚労省が、国内初の感染者を確認したの が2020年1月15日で、中国武漢市への滞在歴のある男性が1例目とされている。また、同月18日には、 屋形船の会合で集団感染が確認されるなど(判明は2月)、その後徐々に市中感染が拡大していくこと となった。そうした状況の中、2020年4月7日、政府は、緊急事態宣言なるものを発出し、その後、まん 延防止措置等重点措置期間も含め、長期に渡って様々な行動制限を余儀なくされた。当時の安倍総理は、 4月7日から5月6日までとされていた緊急事態宣言を31日まで延長する旨を発表の際(5月4日)、専門家 より提言された、感染拡大を予防する「新しい生活様式」のもと、感染防止等を実施するよう求めた。 「新しい生活様式」とは、(1)一人ひとりの基本的感染対策、(2)日常生活を営む上での基本的生活 様式、(3)日常生活の各場面別の生活様式、(4)働き方の新しいスタイル、の4本の柱で構成されて います。このうち(1)は、@身体的距離の確保、Aマスクの着用、B手洗い、を3つの基本と位置付け、 (2)における「3密」(密集、密接、密閉)の回避など、一人ひとりの心掛けが重要だとしています。 また、買物や娯楽・スポーツ等、公共交通機関の利用、食事、イベント等への参加など、(3)日常生 活の各場面での生活様式に関し、徹底した行動変容を行うことが必要だとし、テレワークやローテーシ ョン勤務、時差通勤等により、「人の接触を8割減らす」よう求めています。  これらの「新しい生活様式」の実践によって、我々の日常生活は大きく様変わりしました。例えば、 2021年12月における日本国内のマスク着用率は88%(フランス72%、イギリス69%、アメリカ61%)と、欧 米に比べて高い水準を維持しています(日本リサーチセンター調べ)。これは、日本人の勤勉さを表し ているとも言えますが、高温多湿な日本の夏場でさえ、多くの方がそれを自主的に実践し続けているこ とは感嘆に値するとともに、店舗や会場の入口における手指の消毒や、一日に幾度も手洗いをする様は、 数年前までは見られなかった光景です。  新しい生活様式による行動変容は、教育環境にも大きな影響を及ぼしています。授業では、実験や演 習を除いてオンライン授業が導入されました。通信環境の整備はもちろん、教員によるビデオコンテン ツの作成や、Google MeetやZoomによるゼミや卒研でのミーティングなど、「いつでも」「どこでも」 という新しい講義スタイルが構築されるとともに、施設の利用制限や友達づくりなど、リモートの偏重 による課題も散見されます。また、インターンシップや会社説明会などの就職活動もオンライン開催が 主流となり、新たな面接対策が必須となりました。最近の報道によると、画面越しに見える限られた情 報の重要性から、写り込む背景の状態や(自室の整理整頓の様子等)、表情を明るく見せるためのカメ ラ周りの照明の設置や化粧の仕方など、相手の印象を左右する要素の工夫が必要になってきているとの ことです(レクチャー動画も多数upされています)。また、成績優秀な学生さんであっても、カメラを 通しての面談に慣れていない人や苦手な人は、就職活動に苦戦するケースもあるようです。会社説明会 や一次面接などは、コロナ収束後も一定数、一定期間、オンラインによる運用が続くことも考えられる ので、こうした対策もしっかりと行っていくことが肝要だと思われます。  一方、生活様式や行動変容は、都市・地域を取り巻く課題も変えてきました。例えば、外国人の入国 制限によってインバウンド観光は激減し、近年、外国人観光客の依存度が高かった観光地は大打撃を受 けています。くしくも、国内観光の重要性が再確認された訳ですが、そもそも移動自粛下の中で、どの ように観光客を確保するのかは極めて深刻な課題と言えます。そうした中で、マイクロツーリズム(地 元や近隣への短距離旅行)やワーケション(ワークとバケーションの造語)などの新語は、今後の観光 まちづくりにおける新しいキーワードとなるかもしれません。また、リモートツアーやバーチャルツア ー、メタバース(3次元の仮想空間やサービス)など、映像技術を駆使した観光体験や買物の拡充も期 待されており(FacebookやSony等が参入表明)、体験の対象や方法も新たなステージへ移行しつつある と言えます。一方、リモートワークの推進は、地方移住を促進させるのではないかとの見方もあります。 実際には仮住まい(二次的住居)の人が多いようですが、これらの行動が、多少なりとも地域の活性化 や過疎の解消、空き家対策などにも寄与するのでないかと個人的には期待しています。  昨今、徐々にコロナ禍の呪縛から抜け出せる兆候が見え始めていますが、この2年間で変わったこと のうちの幾つかは、今後もスタンダードとなって定着していく可能性があります。コロナ収束後に訪れ る、新旧の生活様式が混在した新しい世界とはどのような未来なのか。これからはそういうことも含め て都市・建築の在り方を考えていく必要があるのかもしれません。