「目からウロコが落ちた時」ー建築家としてスタートー

特任教授 渡部 和生

   私は大学卒業直後に生き方を変える、忘れられないエピソードに出会いました。仙台の建築設計事務 所に入社して一年も経たないうちに、郡山市内の大病院の増改築の現場にて常駐監理することになりま した。設計の実務も修得していない私が、複雑な病院建築の現場監理などできるわけがありません。毎 日工事現場に通い、日中は図面と現場を見比べ、わからない所は逆に施工会社の方に教えて頂き、最も 難解だった設備関係の図面については、現場事務所で特別に解説して頂く「夜学」を始めました。色鉛 筆で配管やダクトを一本ずつ色分けし、翌日は疑問点を質問しました。この設計者と施工者の関係の本 末転倒と言える状況には、施工会社の方も疲れ果てたようですが、辛抱強く丁寧に教えてくれました。 こんな環境にも慣れ、図面の実務用語と現場での実物との繋がりがだんだん理解できるようになりまし た。  この工事は新築ではなく、既存建物を使いながらの増改築工事であったので、様々な調整は困難を極 めました。私の日頃の行いが悪いせいか、竣工直前に郡山にしては珍しく大雪となり、大停電が発生し ました。病院側も工事側も自家発電設備が頼りです。施工会社からはその電源の一部を工事現場にまわ していただけないと、駅前の本院から患者が移送できず、最終目的の本院改造工事が間に合わないと言 われました。既存病院の職員の方々は、患者さんを優先し、すべての非常用電源を病院内で使いたいと いう当然の主張をされました。レンタルの自家発電設備は既に足りない状況であり、大学卒業したての 私にとって、監督員としての難しい判断を迫られ、どちらを選択するか大いに悩みました。  そこで発電機は水冷式だったので、人力で水を足して限界水温より低い温度の水で稼働させ、過熱に よるトラブルを避けました。結果的には、既存病院と工事現場の双方に電源を供給する両面作戦を決断 したのです。今思うと過信があったかもしれませんが、技術の力を信じる事を選んだのです。  増築建物は無事竣工し、本院の患者さんの一部を移して、いよいよ最終目標である、救命救急センタ ーを既存建物の上層階に、下層階に患者さんが入院している状態で完成させるという無謀ともいえる改 修に着手しました。  下階には産婦人科と小児科が満床で埋まってました。上部救命センターの床下配管は入院患者の頭上 の施工になります。既存建物なので構造体は動かせず、設計図は整然と書いてありますが、現場は野戦 病院のようになりました。私は各部門の担当者から厳しく叱責されました。1平米のゆとりもない中で、 病気の子供たちのために院内学級をつくる話が追加され、各部門に再度お願いを続け、何とか小さな教 室が救命救急センターと同時に竣工しました。やっとの思いで、完成した院内学級はささやかな黒板だ けがある小部屋で、苦労が報われたというより、寂しさが漂う部屋で、苦労した割には・・・と感じま した。しかしその後、院内学級を訪ねてみると、3〜4名の病気の子どもたちが一生懸命に病と闘いなが ら勉強していました。その瞬間、それまで冷静を装っていた私の「目からウロコが落ち」胸が熱くなり ました。実はあまりに辛くて設計を辞める決意をしていた私の中で何かが変わり、設計を続ける意志が 再生されました。「目からウロコが落ちた」(以下、目からウロコ事件)状態というのは、このような ことなのでしょうか。建築はそこでの人間の営みとの関係が何よりも大切であるという初歩的なことに 立ち返ることができました。  いよいよ独立して事務所をつくることになり、奇しくも作品第一号は、前述した病院の院内保育園を 設計することとなり、さっそく建築専門誌「新建築」に掲載されました。二作目は同病院の職員宿舎と 院内保育園の合築で「東北建築賞」などを受賞しました。しばらくして、当時の本学部建築学科教授、 佐藤平先生が審査委員長を務められたコンペティションで福島県立郡山支援学校を設計する機会が与え られました。既存校舎を使いながら、現有敷地で1万4千平米もの建築を全面改築する大仕事でした。  設計に先立って、設計スタッフ全員が肢体不自由の生徒さんの寄宿舎に泊まり込み、共に生活したこ とも、前述した院内学級完成時の「目からウロコ事件」が根強く私の支えとなり、ワークショップで人 手が足りないとなると、本学部建築学科の学生さんたちが助けてくださいました。この建築は運にも恵 まれ、日本建築学会賞(作品)を受賞しました。  大学卒業直後、院内学級で学ぶ病気の子供たちを見た時の「目からウロコ事件」は私の建築家として 歩む道程を決定付ける支柱となったようです。  学生の皆さんは、「目からウロコが落ちる」出来事にこれから出会うのではないでしょうか。ひょっ とするとそれは、ささやかな、小さなエピソードとして見逃してしまうかもしれません。  学生の皆さんには様々な未来が広がっています。それぞれの方にとって、人生の支えとなる出来事に いろいろな場面で、これから出会えることを心から願っております。