私の研究歴

教授 出村 克宣

   好きな言葉の一つに,「無から有生む創造性」があります。その意味は,「無」から「有」を創りだす ということです。しかし,何もないところから,有形のものが生まれるのでしょうか。  ある時,自動車の発明に話題がおよび,自動車が開発された当時,エンジンも車輪もすでに存在してい て,それらを組み合せて「自動車」ができたという結論になりました。このように考えると,「無」から 自動車が生まれたのではなく,自動車という概念が無かったことが「無」に相当します。  このことは,物や知識として「いま有るもの」をうまく組み合わせて,有形のものを作り出す行為とい えます。建築設計のテーマが与えられて,まっさらのケント紙に建物のデザイン,ディテールを描き出す 作業と同じではないでしょうか。  つまり,建築物を創造する時,これまでに造られた建物のデザインや性能,様々な構造,構法,材料な どを思い浮かべながら設計することになります。そのために,私たちは,建築に関わる様々なことを学ん でいるわけです。  研究テーマの多くが材料開発に関係するものなので,いくつかの素材を組み合わせて,目的の材料を作 り出すことが要求されます。そのため,同じような実験を何回も繰り返すことになります。  こんなデザイン,あんなデザイン・・・などと思考錯誤して,何度も図面を描き直す行為と似ています。 しかし,コンクリートであれば,様々な調合で供試体を作って実験し,数値データとして結果を得なけれ ば材料性能を評価することができません。そのため,実際に供試体を作製する必要があります。  おいしい料理を提供しようと考えたとき,素材や調味料の組合せを工夫した様々なレシピを書き出し, 実際に調理して試食を繰り返すことと同じです。そして,目的とする材料性能が得られた時の感動が達成 感を生むものです。  そのような達成感が忘れられなくて建築材料の研究を続けてきました。混ぜるものを変えれば,新しい 答えが得られるのは当たり前と指摘されたことがあります。しかし,目標とする性能が得られるまで,使 用材料の調合割合を1/100や1/1000の精度で変えながら,実験を何度も繰り返えさなければならないので あり,新しい答えであれば何でもよいわけではありません。  エジソンは多くのものを発明していますが,世間一般で必要とされるもの以外は役に立たないものとし て切り捨ています。このことから,ベンチャーの創設者はエジソンであるといわれています。  技術とは,一定の目的を達成するための具体的な手段であって,技術によって創出されたものは,社会 (市場)で受け入れられて初めて有用なものとなるという指摘につながります。工学分野の研究者にとっ ても,工学の研究成果は社会で使われ役に立つものでなければならないと考えています。  現在の理工学部海洋建築工学科につながる海洋コースが建築学科に設置された学部2年の時,故岩ア博 先生(元日本大学教授/工学部建築学科)の研究を手伝ったのが研究歴の始まりです。その時のテーマは 「海洋景観価値計量化に関する研究」で,建物や緑が混在する臨海地域を見た時の目の動きを定量化して, その景観を評価するというものでした。  その後,3年後期から,新材料を用いたコンクリート梁部材に関する先生の博士論文作成が始まりまし た。当時,先生は霞が関の建設省(現:国土交通省)勤務だったので, 2,3年次は,夕方,新宿区大久 保(後に,つくば市に移転)の建築研究所(建研)の某研究室に集合して,お手伝いをしました。  新材料としてポリマーコンクリートやポリマー含浸コンクリートを用いたものだったので,建研におら れた,その材料分野の世界的権威である大濱嘉彦先生(日本大学名誉教授/工学部建築学科)に出会いま した。この分野は,コンクリート・ポリマー複合体という材料分野で,1981年5月には,工学部で国際会 議が開催されました。このような縁で,卒業研究は建研の大濱研究室で行い,学部卒業後,郡山に来まし た。  現在,その一つであるポリマーセメントモルタル,ポーラスコンクリート,環境調和型建築材料に関す る研究を継続しています。これまで,ポリマーセメントモルタルの関連JIS改正のための性能評価やRC構 造物の補修材料としての性能,ポーラスコンクリートの調合設計法,強度や弾性係数の推定式,水質浄化 性能,又,環境調和型建築材料については,コケ吹付け工法による屋上緑化システム,まさ土を用いた簡 易土舗装システム,高耐久性塗料,竹補強モルタルの開発などをテーマとする研究を行ってきました。  これまでの研究成果については,1978年から2002年まで大濱先生と共同で,コンクリート・ポリマー複 合体に関して236編,その後2020年まで,齋藤准教授と共に54編の審査論文を日本建築学会,日本コンク リート工学会,セメント協会,日本材料学会,関連国際会議などの学会誌や論文集に発表しました。  ご指導いただいた岩ア博先生,大濱嘉彦先生,共同研究者である齋藤俊克先生はもちろん,多くの卒業 研究生・大学院生に感謝致します。又,研究活動を活発に行うことができたのは,工学部並びに建築学科 がすばらしい研究環境を提供してくださったことによるもので,心から厚く御礼申し上げます。 (工学部長)