新時代の建築家

教授 濱田幸雄

 この原稿の校正作業中に,イギリスのEU離脱決定の速報が流れた。国民的議論の末に, 現状維持の結果が出るものとばかり思っていたので正直驚いた。イギリスの人口は2015年 時点で推計6,470万人, 2012年から2037年までの25年間に約960万人の人口が増えるという。 この内訳は,540万人(57%)が自然増,残る43%は移民増と推定されている。さらに, 自然増のうち29%は移民家族の出生によるものと推定されている。人口が増加することは 国内総生産(GDP)の増加をもたらし,国内消費の増加も期待できる。現在の日本とは真 逆の方向性である。日本の人口は2010年をピークに減少の一途をたどっている。特に問題 なのは,このままの人口動態が推移すると2050年には生産年齢人口(15歳から64歳)の割 合が51.5%と世界最低になるということである。EU離脱により移民の増加ペースが低下す ると,人口増→GDP増→消費拡大→経済成長というイギリスのシナリオも怪しくなってく るのではないだろうか。  イギリス,いわゆるブリテン島はヨーロッパにおける最後の氷河期(ヴュルム氷河期) が終了して,世界が「気候最良期(Climatic Optimum)」を迎えたころ,今からおよそ6500 〜5500年前に海水水位の上昇に伴ってヨーロッパ大陸から切り離されて孤島となった。 日本では縄文時代に相当する。これ以降,ヨーロッパ各地に森林が広がり,イギリスは 栄華を極めることになる。日本においても,縄文時代は現在より海水面がかなり高かった といわれる。このことは,当時の貝塚が現在の海岸線より内陸で発見されることからも 判断できる。さらに時代が進み,800年から1000年ころまでは北半球全般が暖かくなり, 高緯度まで人間の活動範囲が拡大した。奈良時代は710年から始まるが,712年の古事記 編纂,717年の遣唐使派遣などの実績を考えると,数百年前より穀物の収穫など順調だった ことが推測される。日本はこれ以降,江戸小氷期に大飢饉が起こったりしたが,天候は 比較的平穏なものだったといえる。特に,高度経済成長時代は,伊勢湾台風や新潟地震は あったがおどろくほど気候に恵まれ,大災害が少なかったために,奇跡が起こったと思わ れる。  ところが,最近は地球温暖化の時代を迎えているという。温暖化と言っただけで,地球 の気温の上昇に人類が関与したのかどうかという議論が始まってしまう。確かに,長い地 球の歴史を見れば,最近の温暖化と似たような現象は何度も起きている。とはいえ,多く の研究者は人間活動の影響がないとは言い切れないという立場をとっている。そこで考え なくてはならないこと,それは建設業は全産業が消費する50%の資源を消費し,全産業が 排出する二酸化炭素のやはり50%を排出しているという現実である。建設業は災害への備 えやインフラの老朽化対策など,社会から寄せられる期待が大きい。その建設業が二酸化 炭素を大量に放出して,地球温暖化を招いてしまっては本末転倒である。  先日,新聞の書評欄で次の文章に出会った。「人間は一人で生き残るのが難しく,高度 な社会を形成し繁栄してきた。人間の脳には,他人に共感したり他人のために何かをした りする『利他行動』の快感を判定する領域がある。これは美しいと感じる領域と同じだ」。 脳科学者である中野信子氏の文章の一説である。利他行動を三省堂大辞林で調べると 『自己には不利益になるが,集団内の他個体には利益を与えるような生物学的行動。働き アリなどの社会行動を行う昆虫や,一部の鳥類などに見られる警戒音の発生など』とある。 人間には,ふとしたきっかけでこのような行動にでることが確かにある。同氏も指摘して いるように,阪神・淡路大震災,東日本大震災を機に利他行動が促進され,ボランティア 活動を通じて協力して集団を守る意識が高まったことも事実であろう。建築に携わるもの には多くの知識や経験が要求される。それ以上に基本的な能力として,施主の立場に立って 考えることができること,仕事の依頼主を幸せにしてあげよう,さらに社会をよくしようと 考えられる能力が絶対必要である。また,建物は基本的に美しくなければならない。この ように考えると,建築に従事するものは,利他行動を快感と認知し,美しさを感じること ができる人,ということになる。私の学生時代は単純な目標があった。コルビジェ,ミース, ニーマイヤー,丹下健三,白井晟一。しかしながら,自然の優しさが消え,人口が減少する これからの時代には,今までと全く異なる新しい目標が必要になる。若い人,それは既成 概念に囚われず,理想を追い求め続ける体力のある人のことのように思う。将来の建築を 担う人たちには,理想を追い求め,しっかりした知識を持ち,同じ志を持つ友人と思いを ぶつけ合って成長して欲しいと強く思う。               (学科主任)