ラフマニノフの2番

教授 浅里和茂

 ソチオリンピック,ラフマニノフ,浅田真央,まるで検索キーワードのようではある。 フリーの曲としてロシア出身のラフマニノフを選んだのは開催地にちなんだためでしょ うが,これも演技の成功とともに選曲の妙と言えるでしょう。メダルには届かなかった 競技者がこれほどまでに注目されて気の毒のような気もしますが,その後のすがすがし い笑顔に救われた気持ちになりました。実際のピアノ協奏曲2番はラフマニノフの代表 作で3楽章からなる35分ほどの曲ですが,フリーの4分間だけで,すべて聞いたような 気になる見事なアレンジでした。  スポーツのように勝ち負けの決着がついてしまう場面で,常に勝ち続けることは不可 能です。もちろん勝ち続ける努力は必要ですが,それだけではどうにもならないことや 自分ではコントロールできないことで負けてしまうこともあります。永い目で見れば負 けたことも経験であり,歴史となって受け継がれなければいけないことです。例えば サッカーの「ドーハの悲劇」も歴史のひとつで,この負けがあったから海外で活躍する 選手の今があるのだと思います。  1966年(昭和41年)に発刊された創建も48歳,通巻150号を迎えました。この記念号と なる巻頭を任されたのは少々気恥ずかしいし,荷が重いですね。自分の手元にあるもっ とも古い創建は25年前の1989年(平成元年)4月6日号,卒業生も生まれる前のもの, それ以前の学生時代のものはどうやら引越しの時にどこかに行ってしまったようです。 このときの編集長はライトの研究で著名な谷川正己先生,表紙や教室ニュースのスタイ ルは現在と同じでB5版のサイズでした。内容も先生方の随筆や紀行文などに加え,NEC 本社ビルの模型写真や郡山の建築紹介としてゼビオ本社ビルがあり当時の記憶を思い出 させてくれます。学生も教員も今より多く,教員27名の名簿も載っていますが,現在も 現役なのは倉田先生と若井先生を入れても8名になってしまいました。この1989年,20代 だった私にとって歴史は遠い存在でした。  例えば鉄という素材は紀元前から使用されていましたが,鋼構造の歴史を眺めてみる と史上最初の鉄橋はイギリスにある1779年のアイアンブリッジ,230年程度しか経って いません。当時のイギリスは産業革命の只中,大量の石炭を運ぶための蒸気機関車に よる鉄道を通すために丈夫な橋が必要になったのです。もちろん現在の鋼が開発される 以前で性能の劣る鋳鉄によるもので,構造的に洗練されているわけではありませんでし たが,鉄による大型構造物の歴史はここから始まり,長大橋や超高層ビルへと続いてい きます。この鉄と鋼による発展の歴史もヨーロッパとアメリカでは趣が異なるのが興味 深いところです。  古典力学という言葉も,なにかずっしりとした歴史を感じさせます。この場合の古典 とは,アインシュタインの相対性理論以前の力学で,ニュートン力学と言われたりもし ます。例えば日本の古典文学としての源氏物語は平安時代中期成立で特殊相対性理論が 発表されたのは1905年,同じ古典でも時間スケールがかなり違います。私たちが使って いるのは古典力学ですが,これで十分なのは相対論が光速や星の質量レベルを扱ってい るためで,建築構造をはじめ日常生活で使う単位では2つの理論の差がなくなってしま うからです。ただし,衛星からの信号を利用しているGPSは相対論的誤差の修正を行っ ています。でもこの古典力学に基づき改良しながら,手計算からコンピュータに代わっ ても,図式解法がExcelに代わっても本質は同じなのです。  私たちが果てしなく続く時間の流れのなかで生きている以上,歴史は存在して,好む と好まざるにかかわらずその中にいます。当然,歴史を知らなくても普通は全く困りま せんし,過去にとらわれすぎても良いことはないので,邪魔にさえ感じることさえあり ます。大学に建築史という科目があって驚いた人もたくさんいるでしょう。工学で歴史 があるのは建築だけですが,これは建築が本当は建物ではなく人間を相手にしているた めだと私は考えています。何かを学ぼうとするときにそのバックグラウンドや歴史を 知っていた方がより面白く学べると思うのです。同時に歴史は記録でもあり,この創建 のようにその時々の建築学科のありのままを文書にしておく大切さは改めて読み直すと 切実に感じます。そしてその時代性を残しておくのも大事だと思い,冒頭の文章を入れ ました。  学問としてではない歴史に意識が向いてくるのはやはりある程度の年齢からです。 私の場合は織田信長の寿命を越えてからで,人はこれまで生きてきた年月と残された年 月を比べ始めるころに過去を知りたくなるのだと思います。生きていくことが歴史であ り,それぞれの歴史観の中で生きていく,その中には成功もあればもっと多くの失敗も あるはずです。それがすべて人生なのです。             (学科主任)