本物を学ぼう

教授 出村克宣

 温故知新,その出展は論語である。「子曰わく,故(ふるき)を温(あたた)めて新しき を知る,以って師為(た)るべし」。「温めて」は「温(たず)ねて」とする書もある。す なわち,「むかしの人々の行いに習い,新しい時代に生きる」と解釈される。孔子のいうこ のことばは,人の生き方を言い表しているが,工学技術者にとっても当てはまると考えてい る。なぜならば,先人の知恵を学ぶことは,技術の伝承という意味で重要であり,また,先 人の知恵が新しい技術のヒントを与えてくれることも多い。しかし,一般に,「古き」とい う言葉を聞くと,古きイコール現代的でない,そして古臭い,劣っていると考えてしまうの ではないだろうか。  さて,セメントとは,固める,結合するという意味のラテン語が語源である。そのような 役目を持つセメント成分がピラミッドの巨大な石の間で見つかっている。従って,セメント のルーツを数千年ものむかしに見出すことができる。ところが,ピラミッドに使われたセメ ントには,結合材ではない違う役目があったと指摘する説があり,私はそれを支持している。  ピラミッドを作るための巨大な石は山から切り出され,船で運ばれてきた。そして,ピラ ミッドを造るために設けられた運搬路に丸太を敷き並べて,その上を転がして運び上げられ た。ここまでは理解できる。  では,その次に,すでに積み重ねられた石の上に,あんなに巨大な石をどうやって積み重 ねたのかが疑問である。その説では,セメントペーストを練り混ぜて,すでに積み重なった 石の上に流し,その上に置けば,巨大な石でも簡単に滑らせることができるというものであ る。道路に泥があって,それを踏んだら滑ったという原理である。潤滑剤としての油や水で は石に浸み込んでしまうのでその役目を果たすことはできない。  この説によれば,セメントペーストは巨大な石を滑らせるために使用され,その結果,結 合材としての役目も果たしていることになる。嵐が来ても飛びそうもない巨大な石に結合材 が必要であるのかと考えれば,巨石の間にあるセメントの第1の使用目的を結合材とするに は疑問が残るので,この説を支持している。  従って,セメントは結合材という先入観を捨てなければならない。史実は不明であるが, この文献を読んだときには本物を知ったと思い,また,セメントの新しい使い方のヒントを 得ることができた。  一方,そのようなルーツを持つセメントと水,骨材を混合してコンクリートが造られる。 骨材とは,セメントと一緒に混ぜる砂や砕石(岩石を砕いたもの)をいう。セメントは石灰 石,粘土,けい石及び鉄原料を混ぜ合わせて粉砕した後,1450℃になるよう,高温の炎に直 接さらしながら焼き(これを焼成という),焼き上がったものに石こうを加えて粉にして製 造される。セメント原料の75%以上が石灰石である。我が国の食糧自給率が40%程度である ことに比べると,石灰石の自給率は100%であり,セメントは自給率の高い工業製品といえる。  また,セメントの焼成温度は高いため,製造工程でのダイオキシン類の発生が極めて少な い。それを活かして,汚泥,建設発生土,木くず,廃タイヤ,肉骨粉などのセメントと同様 の成分を含む廃棄物や,廃プラスチック,廃油などが原料・燃料として処理されている。セ メント産業がこれらの産業廃棄物を処理しなければ,国内の産業廃棄物最終処分場の残余年 数は約4年という試算結果もある。セメント産業がこんなにも省エネ・リサイクルに貢献し ていることを知ることができる。  このように,セメントやコンクリートという言葉では言い表せない多くの知恵や技術がそ こにあることに気づくことが大切だと思っている。だから,学生諸君には,本物を学ぶ努力 をしてほしいと願う。  では,学ぶ努力をどのくらい続けたら成果がでるのだろうか。平成17年9月の「日本教育新 聞」にこんな記事があった。どのくらいの努力の量が成果を生むかという内容である。そこ にはグラフが示されている。日々の努力の積み重ねは直線で表されが,その成果はなかなか 現れない。その理由は,成果は曲線として現れるからというものである。  グラフの横軸に「回数または時間」, 縦軸に「努力の量と成果」と書く。グラフには, 原点から右上がりに直線(努力直線),原点を出発点として横軸に沿いながら少しずつ上向 いていく曲線(成果曲線)を描く。そして,横軸が「100回または100日」のとき,直線と曲 線が交わり,成果曲線が努力直線を越えるようにする。  つまり,何事も100回または100日継続することによって突破口が現れ,120回(日)にな ると成果が目に見えるようになる。このグラフは小学生から大人まで実証済みと記事は伝え ている。昔からの「百参り」や「百日荒行」など,百には秘められた意味があったことに気 付いた。一方,最近読んだ『マルコム・グラッドウェル著「天才!成功する人々の法則」 (勝間和代訳)』の中に,「一万時間の法則」という記述があった。ある心理学者の調査に よれば,世界レベルの技術に達するには,どんな分野でも,1万時間の練習が必要だという。 百の次は1万を目指せということになる。学生諸君の努力に期待したい。                                (工学部長・副総長)