『一期一会』

教授　若井正一

　キャンパスの桜が例年より早めに開花した４月初旬に，新入生を歓迎する学外研修旅行に同行した。恒例となっている年度初めの学校行事であるが，建築学科の新入生200余名という大勢の学生諸君を引率するのは久しぶりのことで，道中の無事を祈念する一泊２日の旅であった。　当日は，５台の大型バスに分乗して，やや花冷えのする会津路を猪苗代湖，天鏡閣，会津鶴ヶ城，大内宿，さざえ堂などの主な観光スポットを２日間にわたって見学した。初日の研修会は，宿泊先の芦ノ牧温泉大川荘で開催された。　その研修会で「住まいの夢と建築の資格職能」と題する約１時間の話をしたが，彼らのフレッシュな眼の輝きがとても印象的であった。最初は緊張していた新入生同士であったが，夕食時には楽しそうな笑顔が多く見られるようになった。畳敷きの大広間に，端が見えなくなるほどお膳が並べられた夕食のお座敷は，まさに壮観であった。本来なら，お酒で乾杯する雰囲気の会場だったが，ノンアルコールの「会津の名水!」で盛大に乾杯を行った。遠からず，本物の酒を酌み交わしながら，熱く建築論を語り合う日が来ることであろう。２日間の研修旅行は，幸い無事に終了して新学期がスタートしたが，新入生の諸君には，建築に対して期待や憧れを持って入学した初心を忘れずに，大きな夢に向かって自分探しの道を逼進して欲しい。　さて,本年度第１回教養講座は,日本を代表する有名建築家の一人である「伊東豊雄」氏であった。その講演に先立って，同氏のプロフィールを私に紹介して欲しいと急速依頼された。実は，伊東氏と私が会うのは，今回が初めてではない。それは，かなり前のことになるが，私が他大学に国内留学をしていた時のことである。ある日の午後，研究室のベテラン技官のＯ女史から「非常勤の先生と一緒にお茶でも…!」と誘われた。　その時に紹介されたのが，伊東氏であった。すでに同氏は，著名な建築家であったが，とても紳士的で物静かな先生というのが，私の第一印象であった。その後，伊東先生とは，仙台メディアテークのシンポジウムや学協会の催事などで，会場からお見かけすることがあっても，直接お会いするのは，今回が２度目のことであった。　講演前に，挨拶と打合せの関係で，少しばかり雑談をする時間があった。伊東氏が真撃に話をする態度は，初対面の時と少しも変わっていなかった。そこで，国外のプロジェクトなどの関係で海外に出張することが多く，時々ゴルフで私の郷里に遊びに来ていることなどを知った。伊東氏の教養講座の様子は，本学部のホームページの中にも詳しく掲載されている。後日，聴講した学生諸君の感想文を読む機会があったが，伊東氏の意欲的な創作活動に，少なからず強い感銘を受けたようであった。　４月から，大学院の専攻主任に加えて学科主任を拝命することになり，校務に追われる毎日であるが，約３ヶ月が過ぎてやっと週末を利用して上京する機会ができた。その主な目的は，東京国立博物館で特別展示されたレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画「受胎告知」を観ることであった。残り少ない会期末に出掛けたこともあって，会場は超満員で，なんと入場まで約１時間待ちの大行列であった。これぞ「一期一会」と意を決して最後尾に並んだが，「受胎告知」を鑑賞できたのは，わずか数分間であった。今から約500年も前の作品とは思えないほど色が鮮やかで，久しぶりに胸の高まりを感じた。　なお，レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画が日本で展示されるのは，約30年前の「モナ・リザ」以来のことで，日本中が「モナ・リザ」ブームに沸いたことを思い出す。現在，その「モナ・リザ」は，パリのルーブル美術館の中にあり，今回の「受胎告知」は，イタリアのフィレンツェにあるウフィツィ美術館にまもなく返される。　ところで「一期一会」は，茶会などにおいて,亭主が客人をもてなす時の心得を表す言葉であるといわれる。私は，この言葉を単調になりがちな自己のマンネリズムを戒めるために，口々の行動規範としているが，その実践は難しい。　大学を舞台とした若い学生諸君との交流は，まさに「一期一会」の世界である。恥ずかしそうに挨拶をしていた入学時の幼い顔立ちは，いつしか凛々しい大人の顔になり，気が付くと別れの杯を交わすようになる。特に，卒研生や大学院生になると，身近に話をする機会が増えて，彼らの意外な一面を知ることも少なくない。我が家のパーティでボトル１本を空にした酒豪の女子学生，カンツォーネを原語で歌った学生，留年してゲームに興じながらもキャリアに合格した学生，女子アナになった学生など，数えあげればきりがない。　彼らには，厳しい人生の荒波を乗り越えて，幸せになって欲しい，と願うばかりである。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(主任教授)