『チンコロ姐ちゃんが翔る里山』

助教授 土方吉雄

 「あっ,ここだ!」  実は,ほんの1時問前に観た一枚の絵によく似た空間イメージの場所に遭遇し,驚い たのである。その絵は,塙町コミュニティプラザ内の「はなわ漫画廊」に展示してある 作品で,ユニークな画風で知られる漫画家富永一朗氏の作品の一つだ。氏の代表的キャ ラクターであるチンコロ姐ちゃんが,リンドウの花にまたがり,色づいた里山の空を絹 雲のように軽やかに,そして爽やかな表情で翔ている。ここに展示してある作品は,す べて色鉛筆のみで彩色し,やわらかな色調で描かれているが,その中でも特にこの絵は, 「木のまち・はなわ」の温かい雰囲気が表現され,そして何よりも,山と空の空問構成 が何ともいえず“好ましい”と感じた作品なのだ。  何故,その“好ましい”と感じた絵とその場所が似ている,すなわち,“好ましい” 場所と感じたのか。高くもなく低くもないゆるやかな山にほどよく囲まれた,何故かほっ とする空間なのである。後で,町役場からもらった25,000分の1の地形図で,その場所 の空間のまとまりの度合いについて調べてみた。その場所は,久慈川沿いの塙の市街地 から東へ一山超えた,南北約6q,東西1.2〜2q程度の,里山風景の美しい閉ざされ た空問。その中を阿武隈山系を水源とする渡瀬川と川上川が流れ合流。また,縦走する 県道高萩・塙線が,川と何度かスクランブルしながら地形に逆らわないで造られている。 その県道から東西のスカイラインとなる尾根までの距離,並びに県道と尾根の標高差を 図上計測し,算出したD/H比(仰角)は,6前後の値に集中。この値は,P.D.スプラ イレゲンによる「閉鎖性の下限」で,“高くもなく低くもなく”と感じた値。また,県 道から尾根までの距離,700m前後が多く,最長でも1,300m,これまた「人を識別し得 る限界距離」(4000ft)に近い値に収まっており,いいかえれば,尾根の木々の一本一本 を識別できる距離でもあり,”何故かほっとする”と感じた理由と解り,自分なりに一 応納得。  ところで,塙町コミュニティプラザは,他に駅舎と図書館を合築した全国でも珍しい 複合施設。JR水郡線,磐城塙駅のホームに沿って連なる“森林(もり)”をイメージし, 円錐と四角錐という独特の形態の屋根を重ね合わせ,ずらしながら連続させたユニーク な建物。この施設から役所に至るメインストリートが,駅前広場整備,シンボルロード 整備,パティオ型商業施設整備(フォレストファイブ)などにより一新。その成果もあ り,国道118号線からもランドマークとして捉えることができ,ユニークな形態に惹き付 けられて訪れる客が多いとのこと。さすが,福島県建築文化賞正賞をはじめ、東北建築 賞,通産省(当時)のグッドデザイン賞,ブルネル賞奨励賞など,数々の賞を受賞してい る施設。  ちなみに,ブルネル賞とは,鉄道関連のすべての分野において,最近完成,あるいは 改良された優秀な建築やデザインの成果について顕彰し,公共機関の経営陣や地方公共 団体の目を「良いデザインは、良いビジネスである」という事実に目を向けさせること を目的として設置された,世界で唯一の鉄道デザイン国際コンペティション。なんと, 2001年度には,景観問題で有名な京都駅ビルも受賞!  プラザには,完成して間もなく,一度訪れていたが,何しろ10年近くにもなるので, 新鮮な気持ちで観賞。ところが,駅の待合室に入って樗然。雰囲気が10年前とあまりも 違う。雑然としているのだ(後で当時の写真と今回撮影した画像を比べて,解ったこと は,ディスカバージャパンの馬鹿でかいポスターや貼り紙が,打ち放しコンクリート壁 を覆い尽くすようになってしまったこと)。さらに,トイレは,落書きだらけ。プラッ トホームに出てみると,うらぶれた折りたたみイス,傍らには吸い殻のいっばいになっ た吸い殻入れ,所在なく壁に立てかけてある薄汚れた塵取と箒…。  気を取り直して,プラザヘ。漫画廊を鑑賞し,絵はがきを購入するついでに店員さん に「利用していて,何か困っていることはないですか」と尋ねる。開ロー番,「冬はと にかく寒いんですよ」。確かに,まだ11月だというのに,膝掛けをしている。天井が高 い上に,空調設備が良くないとのこと。  画廊の上にある喫茶コーナーで軽食。座席からは,吹き抜け部分より下の画廊の作品 が眺められ,演出された空間が好ましい。メニューを見てまた樗然。メニューの右下に   “厨房はモーター類の音が反響して聞きづらくご迷惑をおかけします。” とはいえ,この2階からは,農家の茅葺き屋根の屋根裏空間に見られる,垂木のリズム と構造材が生み出す緊張感を現在の技術と感覚で表現したという構造的特徴を間近に見 ることができる。しかし,小屋束の根元の貼り紙にまたまた樗然。   “Information 館内は建築上、声が反響しますのでご注意下さいませ! 1Fは、まんが画廊となっております。     1Fコミ☆プラ” どうも,喫茶コーナーの利用客は女子高生が多く,その談笑が1階の管理者にとっては, 騒音公害に等しいとのこと。それで,2階の喫茶コーナーの客に対する“1Fコミ☆プ ラ”からのInformationということになったらしい。  とはいえ,このInformationは,私にとって思わぬ知識の入手となった。このように巻 頭言のネタになったのだから…。