ロハスの工学による健康長寿社会の実現を目指して

 2月25日(土)、工学部70号館にて、市民公開シンポジウム『第6回ロハスの工学シンポジウム』を開催しました。今回のテーマは『ロハスの工学による健康長寿社会の実現を目指して』。超高齢社会を迎える中、平成28年1月、郡山市と日本大学工学部の間で『高齢者見守りシステム実証実験』に関して連携協定が締結され、高齢者が住み慣れた地域の中で安心して暮らせるよう、特に予防医学に着眼をおいた地域包括ケアシステムが、“郡山モデル”として構築されつつあります。歳を重ねても自立した生活を継続できる『健康長寿社会の実現』のために私たちにできることは何かについて、市民の皆さまとともに考えました。
 シンポジウム開催にあたり、出村克宣工学部長がご挨拶いたしました。「日本大学工学部は1999年にロハスの工学を教育・研究のテーマに掲げ、工学的アプローチにより様々な活動を展開しています。ロハスには、“サステナビリティ(持続可能)“のほかに、“ヘルス(健康)”の意味も含まれており、本日のテーマである健康長寿社会実現も大きな目的の一つです。有意義シンポジウムになることを期待いたします」。

 

【第1部】地域連携企画『健康長寿日本一を目指して』

 

■講演 『健康長寿社会の実現に向けて:次世代地域包括ケアシステムの開発』

日本大学工学部 教授 酒谷 薫

 65歳以上の高齢者のうち、自立した生活をしている“アクティブシニア”と呼ばれる高齢者が社会全体の80%を占める中、酒谷教授は、これから活力ある高齢社会の実現に必要なものは、『病気の予防(早期発見)』と『孤独死の予防(見守りシステム)』だと言及しました。本講演では、工学部と郡山市が共同で進めている『次世代ヘルスケアシステム』について紹介しました。このシステムは“郡山モデル”とされ、酒谷教授の統合生体医療工学研究室で開発した光トポグラフィー(NIRS) による脳機能障害の早期発見、水道メーターおよびベッドセンサーを用いた睡眠モニターシステムによる新しい見守りシステム、病院カルテ等の医療ネットワークと自治体のネットワークを連動させたICTによる個人生活録(PLR)の構築という3本の矢で構成されています。今年度、小山田地区にて行われている実証実験の状況について報告するとともに、公民館で行っている脳機能検査や脳と心の健康セミナー、化粧療法にも触れ、その効果についても説明しました。最後に、酒谷教授は、将来郡山がICT、センサー、ロボット、再生可能エネルギーを統合した介護産業都市になることを目指していきたいと明言しました。

 

■講演 『郡山市における地域包括ケアの取り組み』

郡山市保健福祉部地域包括ケア推進課課長 安藤 博 氏

 安藤氏は、高齢者が住み慣れた地域で継続して生活を送れるように支えていくために、郡山市が行っている『地域包括ケア』について紹介されました。工学部との連携協定により進めている高齢者見守りシステムの実証実験の状況のほか、日常生活の活動を高めるための通い場の実施状況を説明。閉じこもりの高齢者が活動によって元気になったり、近所とのつきあいが深まったりという良い結果も得られたと報告されました。また、今後は各地区に協議体・生活支援コーディネーターを配置し、生活支援・介護予防の充実を図っていくことを表明されました。

 ここで、ご来賓としてお招きした品川萬里郡山市長にご登壇いただきました。「課題先進国である日本が少子高齢化社会をどう乗り越えるのか、注目されています。健康長寿社会実現のための様々な成果を世界に発信していくことは、東日本大震災以降いただいているご支援への恩返しになります。市民の皆さまも一緒にこの課題に取り組んでいただきたい。このシンポジウムが意義深いものになることを祈念いたします」と述べられました。

 

 

パネルディスカッション 『地域連携による健康長寿社会の実現』

【写真上段左から】コーディネーター:酒谷 薫(日本大学工学部教授)、 パネリスト:鈴木 晃(日本大学工学部教授)、安藤 博 氏(郡山市保健福祉部地域包括ケア推進課課長)
【写真下段左から】パネリスト:影山 洋二 氏(小山田地区町内会連合会会長)、昆 徳郎 氏(小山田地区町内会連合会副会長)、丹伊田 京子 氏(小山田地区実証実験参加住民)

 まず、コーディネーターの酒谷教授は、小山田地区のパネリストの方々に、高齢者見守り実証実験を体験して良かった点についてお聞きしました。町内会連合会会長を務める影山氏は、「参加した方から良かったという感想や回数を重ねるごとに一人ひとり元気になっていく様子が見られ安堵した」と述べられました。昆氏は、酒谷教授の研究ポリシーに共感したうえで、「得られたデータをどのように共有していくかが地域の課題」だと言及されました。最初は実験に対し嫌悪感もあったという丹伊田氏は、「今は当たり前のようになり、セミナーに参加することも生きがいになった」と笑顔で話してくださいました。酒谷教授も、地域の皆さまに実証実験を盛り上げていただいていることを実感し、住民の方々に感謝の言葉を述べました。ともに実験を進める郡山市の安藤氏は、高齢者にICTといった先端技術を受け入れてもらうのは難しいと思っていた中で、参加者同士の見守り・声掛けや茶話会的な集まりをきっかけにして友達をつくっている状況など、想定していなかった良い面が出ていると報告されました。また、鈴木教授は、地域づくりに直接働きかけをしている本プロジェクトを高く評価するとともに、この取り組みを受け入れられた住民の方々に敬意を表しました。酒谷教授も先端技術は“黒子”であり、それがきっかけとなってコミュニティを形成し、会話や健康情報を共有することが住民の方々の喜びにつながっているのが実際の成果だと強調しました。
 ここで酒谷教授は、プロジェクトに参加した大学院生の村山さんにも感想を聞かれました。村山さんは、「このプロジェクトが始まる説明会の時から小山田地区の住民の方と接してきましたが、地域が変わっていく、住民の方の表情が変わっていくのを見て、この実証実験に凄く意味があるのだと思った」と感想を述べました。

 次に酒谷教授は、実証実験の問題点や課題などについてパネリストに意見を求めました。その中で、『個人情報』と『緊急連絡システム』という2点が大きな課題としてあげられました。影山氏は、データ化することにより『個人情報』の漏えいが起こるのであって、一番安心安全なのは、一人ひとりが基本を守り、心の中にデータを閉まって共有できることだとする持論を述べられました。また、「自助・共助が大事であり、小山田地区の高齢者の皆さんには元気の源を隣近所に求めていただいて、余ったパワーを隣近所と分け合ってほしい」と呼びかけました。この言葉に、会場の小山田地区の方々から賛同する拍手が沸き起こりました。感銘を受けた酒谷教授も、『地域包括ケア』は地域で見守ることが一番の目的であり、住民の方々が情報を共有できないという大きな矛盾を抱えながら、どう解決していくのかが『次世代包括ケアシステム』の大きな課題だとしました。昆氏は、65歳以上の高齢者が増えている一方で、全国的に民生委員の数が足りない状況にあり、どのようにフォローしていくかが問題だと指摘されました。さらに、「“個人情報”と“命”とどちらが大事かという観点で考えれば、法律を変えてもいいのでは」との考えも示しました。丹伊田氏は、「近所にも一人暮らし・二人暮らしの高齢者がいる状況で、頼りにされる存在であるためには、自分自身が健康でなければいけない」と思いのたけを語られました。
 健康長寿社会において、今後どのような住まいが必要なのかという問いかけに、超高齢化社会に向けた住環境を研究している鈴木教授は、「サービス付き高齢者住宅ではなく、今住んでいるところにどれだけ長く住めるかが重要。寝たきりになって長生きしても意味がない。その前の段階でどう元気に過ごすかが大事であって、アクティブな生活ができるかという観点で考えた住宅改修が望ましい」と述べました。
 会場の来場者からの意見も伺ったところ、「一人暮らしの高齢者対策を考えてほしい」との要望が出されました。高齢者の孤独感をなくすためのコミュニケーションをどうするかは重要だとする酒谷教授。最後に、「これからは “IT(インフォメーションテクノロジー)“が鍵になる。人と人との結びつきに一番大事なのは、“愛”。コミュニケーションをどう取り戻すかが大事。そして、人と人とを結びつけ支えていくのが、“IT技術“、“先端技術”になる」と述べて締めくくりました。
 これまでのパネルディスカッションにはない、市民目線の活発な意見が聞けた大変有意義な議論の場となりました。

 

■実践授業 『やきとりじいさん体操』

福島大学・福島学院大学 非常勤講師 岡田 麻紀 氏

 運動を継続する秘訣は、心が快になる、体が快になることだと考えた岡田氏は、「今日もやりたくてたまらない」と思える、笑いながらできる体操を考案しました。それが『やきとりじいさん体操』です。無料動画サイトYouTubeで、2008年年間動画大賞(ハウツー/科学と技術部門)を受賞したこの体操について岡田氏は、高齢者施設、幼稚園、住民主体の運動教室などに普及しており、ご当地体操として地域の連携強化にも役立っていると説明されました。岡田氏にご指導いただきながら、会場の皆さまにも、『やきとりじいさん体操』を体験していただきました。ユニークな『やきとりじいさん』の曲に合わせて、鳥のように羽ばたきながら、体を動かす老若男女。思わず笑顔が溢れる会場で、市民・学生・教職員・行政の垣根を越えて、参加者が一体となった楽しい時間になりました。

【第二部】教養企画「ロハスの工学を通して健康長寿への近道を探る」

 

「健康長寿は元気な足から:元気な足づくりの秘訣教えます」 

東京医療保健大学 教授 山下 和彦 氏

 山下教授は、これからの日本は、元気な人を応援することが大事になるとし、運動が認知症の予防につながることや歩行機能を高め転倒リスクを下げる取り組みが重要だと述べられました。山下教授は、老化は特に足からくると考えており、足の機能を高めることを推奨しています。さらに、膝間力計測器、足指力計測器を使って、転倒に密接な下肢筋力を計測・評価を行い、足の健康を“見える化”したことを説明されました。足指、足爪など足部に問題があることで歩行に及ぼす影響にも触れ、ケアの仕方などについてもご指導いただきました。
 また、健康足測定会も実施していただきました。希望者は足指力や足圧を計測し、実際に自分自身の下肢筋力の状態を見ていただきました。これまであまり意識していなかった足の健康にも目を向ける良い機会となりました。

 

「健康長寿を目指した生命工学」       

日本大学工学部 教授 春木 満

 本学部は、平成26年度に文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業「Active agingを支援するバイオメディカル工学の研究拠点―福島県の震災復興に貢献する医工連携研究―」に採択されました。その課題の一つである「Active agingを支援する診断治療ための新規機能分子・測定法の開発」では、主に生命応用化学科の研究者が最先端の技術を駆使して研究を行っています。どのような研究が進められているのか、その取り組みについて春木教授が紹介しました。

  • 診断法の開発

・テーラーメイド医療やプレシジョン医療に役立つ遺伝子診断・疾患診断用新規蛍光プローブの開発
・癌などの様々な疾病の診断に役立つラマン分光法による疾患関連分子の検出法の開発
・糖質化学的手法の新展開により痛みを伴わないラマン分光法による診断法の開発
・バイオインフォマティクス(情報科学)を使ってエクソソーム中のRNAの発現パターンから、呼吸器疾患を早期に診断できる次世代の診断システムの開発

  • 予防法の開発

・水素水による過活動膀胱の発生予防の有効性を明らかにする
・DNA損傷に対する細胞の応答機構を解明し、遺伝子変異を低減・予防する薬剤を開発

  • 治療法の開発

・薬を疾患部位にのみ運搬するDDS(ドラッグデリバリーシステム)に用いるナノ粒子型医療デバイスの開発
・癌、高血圧等に対する治療薬の開発
・ドラッグ・リポジショニングとして注目される既承認薬ライブラリーを用いた医薬品開発
・食塩感受性高血圧に効果のある成分の探索
・植物ポリフェノールの効率的な微生物生産に向けた人工的な代謝酵素複合体(人工メタボロン)の構築
・コンピュータでドラッグデザインしたRNAによる次世代分子標的医薬の開発や骨粗鬆症治療薬の設計
・患者の負担を軽減し、早期社会復帰を可能にする新規シリコーン製カテーテル材料の開発

 最後に春木教授は、医療等でロハスを組み合わせることにより、健康長寿につながるという考えを示しました。

 『第6回ロハスのシンポジウム』の閉会にあたり、柿崎隆夫工学研究所次長は、「教員、研究者、学生等が地域に入って活動していけるのは本学部の強みであり、有難いことだと思っています。人と人とのつながりを大事にしながら、地域の皆さんに喜んでもらえるように、尽力していきたいと考えているので、ご支援とご協力をお願いいたします」とご挨拶いたしました。

 シンポジウム終了後、参加された方に感想を伺いました。ロハスという言葉を聞いたことがあったので、本シンポジウムに興味を持ったという一人暮らしの高齢者の方は、「自分も発言したいと思い参加しました。内容が充実していて勉強になりました」と話していました。生命応用化学科の学生は、「通常の授業では学べないことが経験できました。特に『やきとりじいさん体操』が印象深かったです」と話していました。また、主婦の方からは、「ロハスの工学を用いた医療の研究によって有意義な成果が生まれることを期待します」という激励の言葉をいただきました。
 工学部は『健康で持続可能な社会』の実現を目指して、様々な課題に取り組みながら、今後も地域に貢献していきたいと考えております。この場をお借りしまして、ご参加いただきました皆さまに厚く御礼申し上げます。