建築家とは、建築士とは何か?
建築士法の
本質に迫る著書が建築史学会賞を受賞

  2013%ef%bc%bf%e5%bb%ba%e7%af%89%e5%8f%b2%e5%ad%a6%e4%bc%9a%e8%b3%9eimage001この度、建築学科の速水清孝准教授の著書『建築家と建築士―法と住宅をめぐる百年』(東京大学出版会、2011年)が、第17回建築史学会賞に輝きました。この賞は、建築史学の発展と水準の向上に寄与することを目的としており、建築史学における優秀な個別業績に対し、過去3年間に公表された論文、著作、報告書などのうちから毎年1点のみ(原則として)が選ばれます。
 速水先生に受賞の喜びとともに、著書に関するお話を伺いました。

 

 

―建築史学会賞受賞おめでとうございます。受賞の感想をお聞かせください。

 とても驚いています。この分野で高い功績を残されている方々が歴代の受賞者に名を連ねている、たいへん栄誉ある賞です。それをいただくことができたのは、幸運だったと思っています。また、本を出版するにあたり、出版会の方々にはひとかたならぬご尽力をいただきましたので、そのご恩返しもできたのではないかと、ありがたく思ってもいます。

 

―受賞された著書の内容についてお話いただけますか。

 建築を設計・デザインする人はしばしば“建築家”と呼ばれますが、実際には、日本に建築家という資格はありません。それに近い資格に、“建築士”というものがあり、それを定める建築士法には、建築士とは「建築物の設計、工事監理等を行う技術者」であると書かれています。一般の方には同じものにしか見えない両者も、当事者である建築界の、ことに建築家たちには、歴然とした差があると捉えられています。そのため、建築士法は、「出来損ないの建築家法」と建築家たちから酷評され続け、今日までさまざまな議論が繰り広げられてきました。
2013%e5%bb%ba%e7%af%89%e5%8f%b2%e5%ad%a6%e4%bc%9a%e8%b3%9eimage003 しかしながら、ではいったい“建築家”とは何か、“建築士”とは何か―といった、議論の前提となるはずのことは、その実だれも明確にすることのないまま語っていたのです。
 私にとって、それはとても奇妙なことでした。そこで、その疑問を解き明かすには、まずは日本独自と言われる建築士制度がどのように作られたのか、を原点に立ち戻って調べる必要があると考え、それを本の形でまとめたのが、今回賞をいただいた『建築家と建築士―法と住宅をめぐる百年』です。
 本の構成としては、序論を含む全6章からなっていますが、簡単に各章をご紹介しますと、次のようになります。

■第1章『序論』…建築士法にまつわる通説を整理した上で、庶民の一般住宅を含む建築物全体を対象とした点こそが、日本の建築士法の本質ではなかったか、という仮説の提示

■第2章『士法の議会、行政の士法』…専兼問題――設計をする組織は設計専業であるべきか、設計とともに施工も兼ねることを認めるか否かという論争――の発生と戦前の建築士法制定運動の系譜の概説

■第3章『建築士法の制定と建築代理士』…建築代理士という建築士に関連する資格の発生・成立から終焉までの概説

■第4章『内藤亮一と建築士法と住宅』…戦後の建築士法立案に関わった建築行政官僚たちが構想にあたり考えたことの解明

■第5章『建設業法の主任技術者と建築士』…建築士法の根幹は建築技術者であり、設計監理者のみならず広く建築技術者を見て作られたことの立証

■第6章『市浦健と建築家法』…戦後成立した建築士法をめぐる争いと専兼問題の終焉と庶民の一般住宅という次なる課題の提示

 これらの章を通して、建築家のみを対象にしないことから「世界的にユニーク」と言われるわが国の建築士法をめぐる百年の歴史を描きました。この法に対する、つまり「建築士とは何か」ということに対する従来のさまざまな通説が、実は全く誤った認識の上に成り立っていたことを明確にしました。

 

―なぜこの研究に取り組まれたのですか。

 事の発端は、大学時代に遡ります。今ではそんなことを言う人はいませんが、私の学生時分には、「ゼネコンの設計部にいる設計者は建築家とは呼べない」という放言がまかり通るような雰囲気がありました。私もそういう空気に押される形で就職したのですが、ちょうどその時期に、私の先生たちが実務の世界で取り組んでいたのが、建築家のための法律の制定でした。建築を学び始めたばかりの私にとって先生の言葉は絶対でしたから、その行動を「正しい」と信じる半面、何か割り切れないものを感じたのです。その原因は、「住宅をやるような奴は建築家と呼べない」という、やはりその当時、建築家たちが語っていた言葉にありました。
 考えてみますと、当時、建築家と呼ばれる人たちが携わっていた建物は、公共建築やオフィスビルなどでした。確かに立派なデザインを凝らしたものも多いわけですが、でも、建物全体から見ますと、それらはごくごく少数でしかないわけです。世の中の大半を占める建物は一般住宅ですし、しかも問題を抱えているのもまた、公共建築やオフィスなどに比べて圧倒的に、庶民が住む一般住宅であるのも確かです。でも、それは自分たちの対象外だという。また、「建築家の法律が欲しい」と言っていた人たちが、「では、日本に建築家は何人いるのか」と考えていたかというと、せいぜい「200人だ」とも言うのです。そこで、「せいぜい200人のために法律が必要なのか? 何のために?」と考えざるを得なくなり、さらに突き詰めていくと、どうやら本音の部分には、建築家という、日本になかなか根付かない職業の確立のためであるようだ、ということが分かってきました。
 私も設計に携わる身として、その気持ちは痛いほど分かります。しかし、その一方で、「それは法制によって成し遂げる性質のものなのか? むしろ、不断の地道な努力によって獲得していくものではないのか?」という素朴な疑問が頭をもたげてきたのです。そう考えたとき、では逆に、建築家たちから「出来損ないの建築家法」等々批判されてきた建築士法が、もし、建築家たちが相手にせずにいた庶民の一般住宅の品質を上げたい、という考えのもとに作られていたとしたなら、少なくともその理念は、決して馬鹿にできたものではない。そんなふうに考えたところから、この法律がどのように制定されたのかを調べることになったというわけです。まずは、自分自身の頭を切り替えるところから始めることになりましたから、構想に10年、研究に10年掛かりました。結果として、大学時代を含めるとおよそ四半世紀にわたって、この問題と向き合ってきたことになります。

 

―どのような研究成果を得られましたか。

 日本の建築の法律は大別して、モノに関わる“建築基準法”と人に関わる“建築士法”の2つからなっています。建築界の誰もがこれを無視して何かをすることはできない、それぐらいの位置づけのものです。しかし、それほどのものでありながら、これらの法律を作ったのは誰なのかは明らかにされてはいませんでした。例えば、「建築士法は田中角栄が作った」としか考えられていなかった。確かに議員立法をして成立させた功はあるわけですが。
 2013%e5%bb%ba%e7%af%89%e5%8f%b2%e5%ad%a6%e4%bc%9a%e8%b3%9eimage005では、誰が作ったのか。調べて間もなく、これらは、実は、どちらも内藤亮一という人物が、当時の建設省の課長の立場で、取りまとめたものであったことが分かりました。さらに調べていく中で、やはり、建築士法は、西欧的な意匠設計に特化した建築家を対象にする建築家法ではなく、一般住宅の設計者をはじめ、広く建築技術者全体を対象として、主に日本の住宅問題解決のための法律として彼が考え、編んだものであったことも分かってきた。建築界にとって最も重要な法律の1つでありながら、世の中の誰もがそんな立法の根本のようなことすら理解していなかったわけで、私にとっては目からウロコが落ちるような発見の連続でした。

 

―どのように研究を進められたのですか。

 研究にあたっては、当然のことながら、少しでも関係しそうな文献は全て読み尽くしましたし、戦前戦後の議会資料、建築行政官の論文や文献、多種多様な団体が発行する学協会・業界専門誌まで事細かに調べました。草案に当られた旧建設省の方々や、内藤亮一氏のご遺族にもお話をうかがい、資料も見せていただきました。その結果、こうした成果にまとめることができましたので、ご協力いただいた方々には本当に感謝しています。これによって、立法の原点、プロセスが明らかになるとともに、建築士法が、設計者である建築家のためというよりは、日本の建築事情を真摯に考えて作られた制度であったと裏付けることができたのです。

 

―どういう点が評価されたと思われますか。

2013%e5%bb%ba%e7%af%89%e5%8f%b2%e5%ad%a6%e4%bc%9a%e8%b3%9eimage008 一つは「原典を当たれ」という歴史研究の鉄則通り、一次史料の発掘に努め、読み込み、丹念に調べ上げたことではないでしょうか。関係者への取材も含め、地道な作業の積み重ねがあってはじめて、今まで語られることのなかった、行政側が込めた建築士法の理念を明らかにすることにつながったのではないか、と思っています。また、往々にしてこの種の、法制度史というカテゴリーの研究は、事実の羅列に留まりがちですが、この本では内藤亮一氏などの魅力的な登場人物を数多く配して、彼らに彼らの言葉をもって語らせる形をとったことで、人物列伝のようになったところも、読む人を惹きつけたのかもしれません。そしてそれ以上に大きなことは、通説を覆す新たな説を明快に示したことだと思います。「格子の向こうからは白馬のように見えていたものが、格子をとってみたらシマウマだった―」というように、私にとってばかりでなく、建築界にとっても面白くかつ驚いた発見だったのでしょう。

 

―今後の目標についてお聞かせください。

 震災以降、福島県内の建物が修復されたり壊されたりしている状況について調査・研究を進めています。これからいよいよ課題となっていく福島の復興を考えますと、同じ「災後」ということで戦後にも学ぶ点があるのではないかと思い、戦災復興期の研究にも取り組み始めました。いずれも文化的な遺産をいかにして後世に残すか、その方策の構築の一助になればと考えています。

 

―最後に学生たちにメッセージをお願いします。

 「役に立つと思ってやったことは少し役に立ち、役に立たないかもしれないと思ってやったことがむしろ大いに役立つことがある」という格言めいた言葉があります。役に立つかどうかにとらわれず、できる限り物事の本質に目を向けてほしいと思います。意識を研ぎ澄まし考えていれば、違う世界も見えてくるでしょうし、発見したときの喜びも大きいはずです。工学部生は、こと考えるということに関しては、雑念の入りにくい恵まれた環境にありますから、大いに学習や研究に励んでほしい、そう思っています。

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