学内選考で選ばれた建築設計課題作品が審査会で高い評価を受ける

 10月19日(金)にせんだいメディアテークにて、『第22回JIA東北建築学生賞(公益社団法人 日本建築家協会東北支部主催)』の公開審査が行われ、建築学科4年の安東大毅さん(写真右・左は東北支部長の鈴木弘二氏)の作品『身体を澄ます建築』が最優秀賞を、同荒木千春さんの作品『まちを編む』が奨励賞(東北専門新聞連盟賞)を受賞しました。応募作品の中から選ばれた40作品が公開審査に進み、コンセプトの導き方、社会性・歴史性、空間性・造形力、表現力の4項目を軸に審査されました。ポスターセッション、審査員の講評による第一次・第二次審査を経て、10作品が第三次審査のプレゼンテーションへ。参加者はそれぞれ作品の前で設計趣旨やポイント、魅力などをアピールしました。審査員の講評後行われた投票では票が割れる大混戦となり、同票1位となった安東さんは決戦投票の末、見事最優秀賞を受賞。会場の人気投票でも第2位に入りました。荒木さんの作品も審査員の高評価を得て、奨励賞に輝きました。
 二人の作品は、建築学科前期カリキュラムの建築計画設計課題から学内選考により選出されたものです。二人の喜びの声とともに、作品への思いを語っていただきました。

建築学科4年 安東 大毅さん(建築歴史意匠研究室)
最優秀賞:『身体を澄ます建築 -風と共に旅する建築とその派生』

 課題テーマは『フクシマを変える建築』。この作品は福島県南相馬市沿岸部に新設された堤防上に、浜風を受けて移動する機織り工房などからなる多機能施設の設置を提案したものです。私はこれまで、建築研究会(災害対策研究班)の活動の一環で、南相馬の小高区の復興に向けた取り組みに携わってきました。住民の方々と一緒にイベントを開催し、住民の方と交流する機会が多々ありました。また、現在は別の場所に移住している元住民の方のお話も聞いたりしていました。そうした中で聞こえてきたのは、「あの頃が懐かしい」という声でした。この土地の人たちは、新たにつくられたスーパー堤防によって、それまで生活の一部として眺めてきた海を見ることを奪われましたが、その代償として得られるはずの、豊かな生き方も得られていないように感じたのです。そのことをはじめ、この地を取り巻く問題の原因の一つに速すぎる復興の速度があると考えました。その在り方に対して、この地に吹く風のような速度へと復興の速度を修正する建築をつくりたいと考えました。この地を訪れた時、海岸沿いに見えた風景は、だだっ広い土地と海を隔てる堤防。そこに吹く風はほぼ一定で、ゆっくりとした流れを感じました。「この地に吹く風と建築を利用して復興の速度を操作することはできないだろうか」と考えたのがきっかけとなり、この提案につながりました。
 私が考えた一つ目のプログラムは、原発災害によって農業ができない代わりに、以前、農閑期に生業として発展してきた機織りなどの手工業に着目し、新たな手工業による産業の創出と復興を目指すというものです。
 ふたつ目のプログラムは、“移動する建築“と“移植する建築”。風によって動くこの建築を復興速度の一つの指標とし、新たなペースメーカーとします。“移動する建築”の脚は、帆が風を受けた時の上下の動きと振動によって生まれる横の運動を足した回転運動を用います。その動きは、体の使い方や骨などの身体的な解釈により、人間のプリミティブな動きをモチーフにしました。主要な構造部材は沿岸部近隣の山の竹を使用します。移動空間内には機織りの工房やオープンスタジオ、簡易宿舎を設置。そして移動しながら、新たな生活の場をつくる時、自壊した“移動する建築”を利用して、沿岸に拡張する負の象徴である堤防へ常設する建物を移植していきます。堤防に移植された建築は、海から吹く風を建築内に引き込み人の動線とつなぐことで、海との共生を体感する移動空間となります。タイトルの「身体を澄ます」とは、五感を澄ますということ。厄災により失われたこの地の水景は、感覚器官を補填することで再度認識されるのではないかと感じました。これらをはじめとする数多の事象が原初化するフクシマの地で、建築が躍動し、諦めから生まれる新たな水景を住民が取り戻していく、そんなストーリーを描きました。

まずは考えてみることが大事。 あえてアンビルドな紙上建築に挑戦しました。

 実際のところ、学生が設計したものが建つかと言えば、建てられないのが現実です。だとしたら紙上建築と変わらないのではないか。それなら、トコトン考えを極めた紙上建築をつくることにしたのです。しかし、ポスターセッションでは審査員の方々から紙上建築という点を攻められ、第三次審査に進むのは難しいかなと思いました。それでも幸い第二次審査を2番目の得票数で突破できたので、審査員の方からのアドバイスを受け、“移動する建築”を強調する内容に推敲し直して第三次審査のプレゼンテーションに臨みました。結果、講評では“問題作”だと言われました(笑)。でも、アンビルドなものに挑戦した点は評価されたようです。最後は決戦投票の末、辛うじて一番になることができましたが、たまたま運が味方してくれただけです。でも、考えたことをどのように表現できるかが大事であり、自分の考えを突き詰められたのはよかったと思います。一番やりたかったことをやり通すことができたので、制作していても楽しかったですし、この作品で評価されたことを大変嬉しく光栄に思います。リアリティーを追求するために調査に協力してくださった現地の方々、ご指導いただいた速水清孝先生やエスキスいただいた阿部直人先生、そして友人らに深く感謝しています。
 建築は答えが一つではないから、いろいろな考え方ができます。私の場合、単純に考えることが面白くて、それが建築の魅力だと感じるところでもあります。夢はまだ見つかっていませんが、今回の課題を通して、大きなプロジェクトでモノづくりに携わるより、豊かな空間をプロデュースするような仕事に就きたいと思うようになりました。地方の、その土地に住む人たちが心地よいと感じられる“空気”をつくれたらと思います。

荒木 千春さん(建築学科4年)建築計画研究室
奨励賞(東北専門新聞連盟賞):『まちを編む』

 建築の仕事をしている父の影響で、幼い頃から有名な建築を見るのが好きでした。特に村野藤吾の舞台のような階段の建築に興味があり、面白い作品だと思っていました。今回の建築設計の課題は、街を元気にすることがテーマ。私は以前、石段を見たくて旅行したこともある、“石段街”として有名な群馬県渋川市伊香保温泉を敷地に選びました。約400年の歴史があるとともに、古くから富岡製糸場との糸の縁などがある場所です。その糸で作られた着物や暖簾は、石段街を彩り、群馬県の地場産業である繊維産業を活気づけてきました。表の通りである一本の石段道には、お土産屋や食事処が軒を連ね、観光客で賑わっている一方、その通りとつながる幾本かの路地は、空き家が建ち並び、表の通りと目的地をつなぐ単なる移動空間となっている現状があります。この路地を活用したら、活気溢れる街になるのではないかと考えました。そこで、表の通りから外れた三本の“路地”の先に、“和裁士”が営む工房を提案しました。工房を始点として、和裁士の暮らしが時間につれ広がるのに合わせて徐々に空き家の再生が進んでいき、石段街の裏の表情として路地ならではの界隈性が生まれます。各路地の性格に合わせ、元々そこにあった人々の営みを残しながら、道とのつながり方、人とのつながり方を考えました。


 バス停と表の通りを結ぶ一つ目の路地は観光客が必ず通る“ヌケミチ”。ここに、空き家を使って和裁士の活動や存在を知ってもらうための場所を設けました。そして、石段から露天風呂に続く湯本通りは二つ目の路地、“トオリミチ”。縁側があったり軒下があったりするここは、和裁士と交流できる場所にしました。三つ目の路地“ヨリミチ”。その先には老舗の温泉饅頭の店舗があり、人々が留まる場所になります。この提案では、それぞれの路地に以前から佇んでいたものを意識しながら、素朴で小さな操作が人の動きや空間に変化を与えることを大事にしました。それにより、ほつれていた石段街を新しい糸でゆっくりと縫い合わせ、今までの石段街とは異なる新しい色の石段街を編んでいきました。和裁士の群馬県に根付いていた衣文化を継承する営みは路地に人を引き込み、そこに人が滞在できる場をつくることで、石段の通りの賑わいにつながっていくものと考えられます。

卒業設計制作に取り組む前に貴重な経験ができました。

 インパクトのある力強い建築の提案ではないので、正直、学内選考で選ばれた時も戸惑いがあり、審査会に臨んだものの自信は全くありませんでしたが、第三次審査まで進むことができ、賞までいただけて大変嬉しく思います。全体講評では、丁寧に計画が練られている点や実現性が高い点を評価していただきました。指導教員の浦部智義先生やいろいろな方に相談してアドバイスをいただいたおかげだと感謝しています。他大学の学生のプレゼンテーションやプレゼンボードを見たのは初めてでしたが、作り込みが上手で大変勉強になりました。卒業設計制作の取り組み前にこの経験ができたのは貴重でした。まちの歴史や敷地の環境を細かく調べたり、いろいろ考えることは好きなのですが、プレゼンテーション能力や人に伝える力が足りないので、今後に向けて、表現方法を改善したいと思います。
 旅行の時に感じるのは、建築学科で学んでいなければ見ない部分に目がいくこと。観光地としてではなく、人がどこでどんな生活をしているのか、普段の暮らしに興味を持つようになりました。建物がなくなったら寂しいと思うのも、建築を学んだからこそ。新鮮な気持ちに出会うことができました。人がいるから建物ができる。社会に出ても人を大事にしながら、建築の仕事をしていきたいと思います。

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