100年先を見据えた、震災と復興の「記憶の器」となる建築の提案が高く評価される

 10月27日(金)にせんだいメディアテークにて、『第21回JIA東北建築学生賞(公益社団法人 日本建築家協会東北支部主催)』の公開審査が行われ、建築学科4年の柳沼明日香さんの作品『鼓動する橋』が最優秀賞を受賞しました。応募作品の中から、40作品が公開審査に選ばれ、審査員の講評による第一次・第二次審査を経て、12作品が第三次審査のプレゼンテーションに進みました。
 柳沼さんは第一次・第二次審査で最も高い得票数を獲得。続く第三次審査のプレゼンテーションでも、女性とは思えないダイナミックな提案だと審査員の方々から驚嘆の声があがるなど高い評価を受けました。審査の結果、圧倒的な得票数で見事最優秀賞に輝きました。この作品は、会場の人気投票でも2位に選ばれています。
 柳沼さんの喜びの声とともに、作品について詳しくお話を聞きました。

 

―最優秀賞おめでとうございます。感想をお聞かせください。

 ありがとうございます。作品が完成するまで、そしてプレゼンテーションを行うにあたって、課題授業を担当され前日まで丁寧にエスキスして頂いた矢野英裕先生、日頃から研究室で的確な指導をして頂いている浦部智義先生、同世代として様々なアドバイスをもらえる先輩や友人等、多くの方々にお世話になったので、何とか結果を残すことができて安堵しています。私の中では、今までの課題の中で一番楽しくできたこともあり、手ごたえを感じていましたが、最優秀賞をいただき喜びもひとしおです。

 

―作品について詳しく説明いただけますか。

 この作品の課題は、「東北に外国人観光客を呼べるような、新しい名所をつくる」というものでした。外国人から見た東北と言えば、東日本大震災で被災した地域という印象があると思

鼓動する橋

います。私は当初、震災色の強いもの、特に原発事故を大きく取り扱いたいと考え、浪江町を敷地に選定しました。計画するにあたり、役場や地域の人たちへの聞き取り調査などを実施し、この土地の産業や文化について調べました。その中で、鮭が産卵の時に遡上する習性を利用した簗漁が盛んだったことが分かったのです。請戸川に古くから守られてきた鮭漁の簗場は120mもの長さがあり、東北一の規模を誇っています。以前は、この簗漁を観光客が観にきていたこともありましたが、原発後は風評もあり、それ以降、漁は行っていませんでした。そこで、復興の段階的達成の足掛かりとして、地域固有の文化である簗漁を取り入れた複合施設を提案することにしました。
 具体的なプログラムとして設定したのは、「施工当初は復興支援の役割に重点を置きながら、徐々に観光客も受け入れて地域活性化を促し、同時に地域住民の交流の場、心の拠り所、そして震災の記憶を風化させないための記憶の装置ともなる施設」です。本来、仮設的に設置される簗の架構を伸長し、漁以外の機能も付加しながら、人道橋の役割も担う恒久的な建築とすることを計画の中心に据えました。従来、斜めに固定して使っていた簗を、ヒンジと滑車を用いた仕掛けによって水平にもできるようにすることで、水上の涼やかな床に変身させ、帰還した住民の集いの場やマーケットとして活用します。また、施設が壊れ一度は開催不能となった『安波祭り』の新しい舞台や観客席として使えるようにします。梁番や原発作業員のための住居にした上階は、復興が進んでいく過程で段階的に観光客が宿泊できる客室へと改装していきます。
 この建築は、原発周辺地域の「いま」を正確に伝えるための「媒介」、そして地域復興の象徴となる「記念碑」でもあり、さらには浪江町と世界を結ぶ「架け橋」でもあります。今後100年間、復興の礎として請戸の人々を見守った後も人々の営みが続いていく限り、震災と復興の「記憶の器」として、この橋が鼓動し続けるよう企画・設計しました。

 

―どんな点が評価されたと思われますか。

 審査員の方から、「設計課題とは関係なく実践していくべき提案」だと評価していただきました。また、段階を追ったストーリーがあり、復興のプロセスがいいという意見もありました。いきなり観光客を呼ぶといっても難しいものがあり、これから復興が始まる地域においては、段階を経て変化していく建築が望ましいと私も考えていましたから、誰もがそう思うことなのでしょう。目先だけでなく、時間をかけた真の復興を目指す、100年スパンの建築を提案したことが良かったのだと思います。

 

―課題を通して、どんなことを学びましたか。

 調査のため、福島に避難している漁業組合の方や浪江町の方々に取材させていただきましたが、対話することの大切さを改めて感じました。住民の方のこの街への思いや、漁への思いなどを感じ取ることで、建築の目的、つまり、“この人のためにつくる”という主旨が明確になりました。設計を進めていくうちに、いろいろ手法や可能性が広がってくるのですが、最初の目的が薄れて何のためにやっているのかわからなくなることも多々あります。そんな時は原点に立ち返ってみることが大切です。住民の方の話を再確認することで、住民の理解を得られない建築は、つくっても意味がないと思うことができました。課題を通して、それがわかったのは大きな収穫でした。また、可変式の簗を使った提案を行うなど、ディティールにも時間を掛けて設計したところも、成長できた点だと思います。

 

―今後の目標についてお聞かせください。

 建築の道に進んだきっかけは、テレビドラマで観た建築家への憧れからでしたが、全く何もないところからものをつくるのは好きでしたし、やりたいことだから続けてこられたのだと思います。上手くいくと面白いなと感じますが、上手くいかないことの方が殆どです。でも、やるならとことん突き詰めたいし、設計の技術も磨きたい、もっと建築の知識も身につけたいと思い、進路については大学院への進学を決めました。何かしら、自分だからできることを究めたいと思います。そして、将来はテーマの異なる様々な場所での建築に挑戦したいです。そして、最後は地元に恩返ししたいと思っています。建築にできることは少ないけれど、自分の身近な人に少しでもいいなと思ってもらえるものをつくれるようになりたいです。また、何年後かに今回取り組んだ浪江町の課題にも再度挑戦して、復興の役に立てたらいいなと思います。

 

―ありがとうございました。今後の活躍も期待しています。

 

第21回JIA東北建築学生賞の結果はこちら