時代の変遷と大学教育方針
変えるべきものと、変えてはいけないもの

教授 サンジェイ パリーク

   かつて、インドに「Paath Sala」という文化があった。親が教育のために子を僧侶に預け、子どもたち はお寺に住み込んで修行を積む ―というものだ。修行は布一枚の服に着替えることから始まり、そこでは 貧富にかかわらず、皆が一様に邪念を捨てて一心に修行に打ち込んでいた。  37年前、日本大学工学部で学び始めた私は、指導教員である大濱嘉彦先生(日本大学名誉教授/工学部 建築学科)と同じアパートに住みながら研究に励むことになった。当時、インドの学生もなかなかできな い経験を、先進国の日本に来て「Paath Sala」体験できたのは貴重だった。19歳から25歳まで6年間、大濱 先生と寝食を共にしながら研究活動にどっぷり浸かる生活の中で教わったことは数え切れず、それらは私 の礎になった。  私が学生時代を過ごした昭和から平成、令和へと時代は移り変わった。その間ずっと、今も変わらず、 私の根底には「大濱流」の教育方針を続けていきたい、という思いがある。     もちろん、早朝から夜中までの研究を強制したり、さまざまな経済事情のある学生にアルバイトを禁じ たりといった指導方法は今の時代にそぐわない。ただ、昼夜問わずに厳しい環境下で研究に専念できたこ とが、多くの論文や成果につながっていたことも事実。今の時代が全て悪いというのでは決してないが、 もし、言うべきことも言えない、馴れ合いのような教育が主流になってしまうのであれば、研究活動の低 迷を招くのではないか。大学の研究現場というマイクロレベルで起き得ることは日本社会全体でも起き得 る。そしてそれは日本社会の停滞を招きかねないと、危惧している。  まして我々が身を置く建築の現場は、少しの気の緩みが大事故につながりかねない危険を孕む厳しい現 場だ。そういう現場で堂々と活躍できる学生を育てるためにも、一定の厳しさを保った指導が必要ではな かろうか。  民間企業での勤務を経て、日本大学工学部に助手として戻ってきてから約30年、「大濱流」の教育方針 を継続する私に対し、学生からは「厳しい、きつい」という声も「やりがいを感じられる」という声もあ る。時代の変遷とともに変えなければならない部分と、変えてはいけない部分。その兼ね合いに悩みなが ら、教育と向き合う日々を重ねている。  時代の変遷に伴い「変化」を感じることがもう一つ。それは学生と教員、または教職員同士の交流の希 薄さだ。かつてあった「助講会」や定例のボーリング大会といった交流の場はいつの間にかなくなり、特 にコロナ禍を経て社会構造が大きく変わったことで「雑談」や「腹を割った話」をする機会が大幅に減っ た。それは単に宴席が減ったというだけの話ではなく、研究成果や学生への指導など多方面に影響を及ぼ している。  コロナ下では、色々な面で効率化が進んだ。例えば、急な国内外の出張時にもオンラインで授業をした り、研究室の学生にリアルタイムで状況を確認しながら実験ができたりと、時間のロスが縮小された。そ の反面、一見、非効率に見えても、ちょっとした雑談から課題解決のヒントを見つけたり、成功や失敗の 原因をざっくばらんに話して互いを理解し合いながら研究を進めたりといったことは難しくなったように 思う。  学際的、超学際的な研究の成果が求められる昨今にあって、学科をまたいだ交流により成果を得ている と実感する研究はいくつもある。例えば建築分野に身を置く我々が研究する「自己治癒コンクリート」は 微生物やバクテリアを扱うため、生命応用化学の春木満先生の力を借りてこそディープな研究が続けられ ている。「コンクリート電池」の開発は電気電子工学の江口卓弥先生と共同で取り組んでおり、「相変化 材料」のエネルギー効率的な性能評価のために機械工学の宮岡大先生の協力を得ている。  かつて、倉田光春先生(工学部建築学科教授)の助手だった時代には、倉田研究室で共に新任教員で迎 えた建築計画の浦部智義先生と共に、インド住宅の問題点や解決法を見いだすための現地調査や住宅設計 を幾度も重ね、随所に提案していた。当時を振り返ってみても、教員同士の活発な交流があったおかげで、 お互いに深い信頼関係を築くことができ、研究成果につながっていたと感じている。  日本大学工学部はいち地方にある大学だが、施設の面でも人の面でもとても良い研究環境が整っている。 もっと研究分野や学科の枠を超えた教員同士の研究が活発になれば、より大きな成果を生み出せるのでは ないだろうか。そして普段から交流を活発にして気の置けない関係をつくっていくことが、その追い風に なると思うのだ。  海外ではオランダ、インドやドイツ、国内では名古屋大や京都大、東北大など色々な大学と一緒に研究 活動を進める中で、いち地方大学である日本大学工学部の強みを感じる機会は多い。学生諸君には、この 恵まれた研究環境を最優先に使い研究に打ち込めるありがたみを、よく分かってほしいと、心から思う。 せっかくの強みを「宝の持ち腐れ」にしてはいけない。  昔の時代が全て良くて、今が全て悪いと言うつもりはない。ただ、効率ばかりを求め、機械的に済ます ことを良しとする昨今の風潮は、研究活動への熱量を奪い、成長を止めてしまうのではないかと危惧して いるのだ。繰り返しになるが、時代の変遷とともに変えるべきものも、変えてはならないものもある。私 はどんな時代にあっても、研究活動への熱量や人との絆といった自分の根底にあるものを、大切にし続け ていきたいと思っている。皆さんはどう考えるだろうか。