未知なる空間との対峙〜多摩美図書館を施工して〜

非常勤講師 森田 健一
[担当科目:建築施工U]

   皆さんは、多摩美術大学八王子図書館(伊東豊雄建築設計事務所設計[2017],以下,図書館)をご存じで しょうか?  私は施工者として携わりました。施工者の施工管理という仕事を説明すると、一般的には、建築工事の Q(品質)C(コスト)D(工程)S(安全)E(環境)をマネジメントする仕事である、とよく言われます。 QCDSEそれぞれについて、顧客の求める品質の建物を、契約した工期と金額内に無事故で納めるために、 工事現場を管理する仕事です。実際には、管理だけでなく、いかに工事をスムーズに進めるか、そのため の段取りや計画を組み立てる部分が大きく、面白いところでもあります。また、設計段階では決まってい ない設計の詳細を、実際に施工できるレベルまで詰め、施工図、製作図にする作業も、施主・設計者と共 に作り上げる感覚で楽しい仕事です。  いわゆる現場監督というと3K(キツイ、汚い、危険)を思い浮かべる方も多いかと思いますが、皆さん が入社する頃には、新3K(給与、休暇、希望)が当たり前になっているように、業界をあげて取り組んで いるところです。 さて、図書館に話を戻しましょう。伊東先生が多摩美大の客員教授をされている関係で創立70周年の記念 事業として、この建物の設計を多摩美大から依頼されました。世界的にご活躍されている伊東先生ご自身 が、実際に現場に来られたことは、数えるほどしかありませんでしたが、若手所員が2名常駐され、伊東先 生の意を汲んで設計を詰めていく作業と工事監理をされていました。  この図書館(写真4頁)は普通の建物とは形も構造も違う、唯一無二のものです。大小様々なアーチのコ ンクリート打ち放し躯体にガラスが同面で納まり、床には勾配があり、柱の足元は細く、通り芯はRを描き、 一つとして同じ形状の柱がなく、ひび割れ誘発目地もない特殊な建物でした。構造的には免震+SC(鉄骨 コンクリート)造で、力学的には鉄骨で成り立っており、それをコンクリートで覆って意匠性と耐火性を 持たせています。  初めて図面を見た際、直線の通り芯が3本しかなくそれ以外すべて曲線で、床レベルは勾配と段差がある のに加えてアーチ構造で、頭の中で立体をイメージするのが困難でした。幸い模型があったので、何度も その模型を見て完成形をイメージしました。  そんな状態で始まった工事ですが、この特殊な建物をどう成り立たせるか、社内外の各種専門家と相談 し、まとめていきました。まず、型枠が3次元の曲面を有するため、BIMが普及していなかった当時の技術 では、どう作るか途方にくれましたが、鉄骨業者が3DCADを使えたので、そのデータを転用して型枠図を 起こしました。型枠加工は全て工場でNC(数値制御)により加工し、現場組み立てすることで精度の高い 型枠を作りました。  また、ひび割れ誘発目地のない躯体に有害なひび割れを発生させず、中に鉄骨の入った200〜220oの厚 みの型枠内にいかに密実にコンクリートを充填するか問題でしたが、コンクリートは膨張材を使った流動 化コンクリートとし、モックアップで施工性を検証したり、ひび割れ解析をしたりして事前検討をしっか り行い、実際の打設に臨みました。  外装ガラスは一般的なフロートガラスでしたが、建物の2面は半径90mの円弧を描く緩やかな曲面であり、 ガラスは工場にてコンピュータ制御でカットし、曲げ加工を施したものを現場に搬入し、設置しました。 通常、ガラスは、サッシュ(窓枠)のガラス溝に嵌め込み、そこに施工誤差や、地震等による層間変位を 吸収するクリアランスを設けますが、この建物のアーチ構造は、免震装置の働きと相まって、その変形を ほぼ無視できるとの考えから、設計図面ではガラスを直接コンクリートのアーチに嵌め込み、枠を見せな い躯体とガラスが線1本で接したような納まりでした。実際の施工は、躯体の欠き込みの中にサッシュを 埋め込み、サッシュに仕込んだガラスピースにストラクチャーシーラントで外装ガラスを接着固定しまし た。これにより、ガラスの外面と躯体の外面がぴたりと揃った外装が出来上がったのです。  竣工時に、美大の先生から「柱型が彫塑のようだ」と言われたことが、強く印象に残っています。鋭利 な彫刻刀で彫り込んだような柱を見ての感想ですが、美大の先生にそう言わせるのが、この建物のすごい ところだと改めて感心しました。また、現場に常駐して苦楽を共にした若手設計担当者に、「僕はもうこ れ以上の建築物に携われる気がしない」とまで言わせるほど、思い描いていた通りの高い完成度のものが 施工できたことに、施工者として喜びを覚えたものです。  このように、関係者が思い入れを持って情熱を注ぎこみ、一所懸命に力を合わせることで、難しい建物 を精度よく作り上げることができました。施工管理の仕事は、苦労も多い分、実にやりがいある仕事だと いえます。3Kイメージから現場を避ける人もいるようですが、図面や模型だけでは建物は建ちません。 建築家の夢をカタチ(実物)にするのは、施工管理者の仕事です。少しでも現場、施工管理業務に興味を 持ってくれる人が増えてくれれば幸いです。