謎の文字

教授 浅里 和茂

   かなり季節外れではあるけれど、XmasはChristmasの略号とみんな知っています。英語圏ではMerry Christmasと書くべきですし、最近は宗教色のないHappy Holidaysが増えていますが、この略し方はア メリカのデパートがセールのPOPあたりに使ったのが流行の始まりらしいです。もう一つ、Xferと書い てTransferとなります。こちらはネット用語だったり、一時期スペースシャトルを表したりと、省略 好きの技術屋さんが広めた略です。ほかにもCross ReferenceがXrefとなってプログラミングでライブ ラリ参照のエラーチェックにも使われています。いろいろな語句に変身してしまう、まさに不思議な 謎の文字Xです。  最近ではDXなるものが各所に顔を出しています。今度はデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)でなぜに突然大文字になってしまったのかも謎です。経済産業省によれば『企業がビ ジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、 製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・ 風土を変革し、競争上の優位性を確立すること』と定義されています。これまでの「ICTを利用して効 率化しましょう」というところから、今回はもう一歩踏み込んで「仕事の内容も考え直してみましょう」 を目指しているようです。ここのところ首都圏でリモートワークが推奨されていることもこのDXに拍車 をかけています。とりあえずICTを絡ませておけばとか、印鑑廃止のためにとか、役所の安易な思いつ きに振り回されるのだけは勘弁して欲しいころです。Society 5.0なんてのも謎を深めています。  昨年からほとんどの大学で遠隔授業が行われてきたこともあって、文部科学省も教育DXの旗を振り始 めています。小中学校でも一人一台の端末を持たせようとするGIGAスクール構想もその一つですが、端 末を配布さえすればOKではないですよね。その割には文部科学省も授業担当者による出欠管理だったり、 課題による毎回の理解度チェックだったり、厳しい遠隔授業ガイドラインを大学に示していて、これに も振り回された一年間でした。  遠隔授業を実施してみて人間のインターフェースのスピードとPCのスピードとは厳然たる格差が存在 する気がしています。オンデマンド授業ではあらかじめ録画しておいたビデオを自分の好みのスピード で再生するだけですからその差は無いはずですが、理解するという側面ではスピードが同期していたと は言い難いようです。ここでは人間の五感のうち視覚と聴覚が中心ですが、ごまかしが効かないのは聴 覚の方であり、音声のクリアなビデオの評判が良いようです。けれども人間の記憶は、それだけに頼っ ている訳ではないはずです。例えば実験の時、コンクリートは意外と早く固まってしまうと触感として 感じたり、鉄筋の強度を破断時の大きな音で驚いたことと同時に記憶したりしなかったでしょうか。講 義の内容を学食メニューの匂いと同時に覚えていることはさすがにないでしょうけれど、先生の言い間 違いと一緒に記憶することはありそうです。対面授業というのは、教員と学生のインターフェースを同 期させる意義もあるかもしれません。  DXには企業の競争力向上や業務の選別などが含まれますが、その後には従業員の選別に進んでしまう ことも容易に想像できます。リモートワークなどのデジタルに適応できることはもちろん、自分で進捗 管理ができるか、自律的に物事を進めていくことができるかなどが問われてきます。ただし、建築業界 の場合、現場での比重が大きいですからリモートオフィスの比重は増えないと思いますが、否応なく施 工管理でもデジタル化は進んでいきます。  飛行機事故をきっかけに研究室から持ち出された謎の新型ウィルスが蔓延して人類が死滅してしまう。 1964年に発表された小松左京のSF「復活の日」は、インフルエンザウィルスを扱っていた内容もあり昨 年から話題になりました。生存者は南極大陸だけ、無人となったアラスカに発生した巨大地震により核 ミサイルが自動発射され、世界中で起爆した核爆弾の中性子線により新型ウィルスが無力化してしまう。 なんとも皮肉な結末ですが要所をしっかりと科学考証されたこの作品は現代でも十分に通用します。そ してこの作品の巨大地震の背景であるプレートテクトニクスの取材から「日本沈没」が1973年に出版さ れてベストセラーとなりました。何度も映像化されていますが今秋にもTVドラマになる予定だそうで、 どんな最新の地震メカニズムが紹介されるのか楽しみです。  COVID-19による外出制限や感染防止のためにライブコンサートも配信されるようになったおかげで、 昨年秋から有名どころを3回も観ることができました。今までなら到底チケットが手に入らないライブ でも自宅で珈琲やビールを飲みながら楽しめました。