君の未来

教授 千葉 正裕

   人生では何度か岐路に立たされる。就職もその一つだ。「やりたいことがない」「決められない」 「失敗したくない」からと言って,引き返すことはできない。卒業・修了を迎える君たちは,必ず どの道かを選ばなくてはならない。  昨年10月,経団連は「現在の就職活動の指針を2021年春入社の学生から取りやめる」と発表した。 つまり,現3年生の就職活動から就職協定が撤廃されることになる。それにより,企業の青田買いの 傾向は益々強まるだろう。もたもたしていたら,入りたい会社の採用は「もう終了しました」なんて ことにもなり兼ねない。そのことを3年生らにガイダンスで伝え,相談があればいつでも来るよう促し た。すると,危機感を募らせた一部の学生が研究室を訪れた。設計か,施工管理か,まだ自分が何を やりたいのかも決まっていない。建築学科だから,建築業界しか道はないと思っている。電力会社や 鉄道会社にも建築職の採用があることを知らない学生も少なくない。君たちは社会のことをどれだけ 把握しているのだろうか。就職に関する情報はインターネットで調べればいいと思っているのだろう か。ネットは自ら探しに行かなければ,知りたい情報には辿り着けないし,自分の思い込み,自己判 断だけで進めていたら選択肢は広がらない。「もっと早く知っていたら将来も変わっていたのに!」 と後悔することになるだろう。『論語読みの論語知らず』。情報を得たことで,満足して終わってい ないか。情報を得て理解しても,実行に移さなければ,宝の持ち腐れになってしまう。君たちが今, すべきことは何か。それは一歩踏み出すこと,行動を起こすことだ。最初の一歩によって,その後の 人生に大きな差が生じたり,一歩の違いで180度人生が変わることだってある。「あの先生は苦手」 「先生に聞くのは面倒くさい」「先生なんてウザいだけ」とか思って何もしなかったら,大きな転機 を逃してしまうかもしれない。本当に自分を大切に思えば,どうすべきかわかるはずだ。  とは言え,今の若者は欲がない。良くしようとも思わないし,失敗したらすぐに諦める。諦めが肝 心とばかりに再度挑戦しようという気も起こさない。企業が求める人材は,自分から行動を起こさな い指示待ち人間や,何事にもチャレンジしようとする意欲のない人間ではない。それは大手ゼネコン に限らず,どんな企業にも言えること。君たちも知っているだろうが,これまで実務経験2年以上を 受験資格としていた一級建築士試験が,実務経験なしで受けられるよう改正された。大学卒業後受験 し合格すれば,実務2年を経て免許登録が可能になる。就社1年目の12月に合格したら,会社はその人 に辞められたくないから,恵まれた職場に優遇される可能性が高くなる。勝ち組負け組の格差が益々 広がるだろう。そういう社会で迷い続けて一歩を踏み出せなかったら,どんどん取り残されていくだ けだ。  だからと言って,楽な道ばかりを選んでいても同様だ。君たちが苦手な連立方程式。「社会に出た ら使わないから,できなくてもいい」と思っている学生もいるだろう。しかし,学修で大事なのは理 解しようとすること,最後までやり遂げようと努力することだ。嫌いだとか,難しいからと言って逃 げていたら,成長も進歩もない。高い壁ほど乗り越えた時の達成感は大きいし,自信にもつながる。 だからこそ,学生のうちに自ら茨の道を選び,自ら切り開いていくくらいの気概を養ってほしいのだ。 何年か前に,卒業して大手ゼネコンに就職した学生がこんな話をしていたことがあった。「就職して 間もなく現場に出た時,工事看板を掛けるよう指示されたんで設置したら,上司に怒鳴られたんです よ。「おい,曲がってるじゃないか!看板も真っ直ぐに掛けられないやつが,まともな建物を建てら れるのか!」って。その時,学生時代に先生から言われた「君は詰めが甘い」って言葉を思い出しま した」。学生の時は何を言われていたのかわからなくても,社会へ出てから気付かされることがある。 どんな小さな仕事でも,最後まで手を抜いてはならないし,看板に限らずどうでもいい仕事はない。 しかも、どうでもいいと思うようなことが,本当は大事だったりする。ある会社の面接試験で学生に アンケートを書かせる時,日付の欄を何も見ずに書けるかどうかをチェックしているそうだ。「何の ために?」。それは,日々,何も考えず流されて生きているか,時間の大切さを意識しながら生きて いるかがわかるからだ。  振動解析に「惰性」という言葉がある。物体が同じ運動状態を続けようとする性質を意味する言葉 だが,対象が人間に変わると,「今までの習慣や癖を改められずダラダラ続けてしまう状態」を意味 する。何もしなければ、そのままの人生だ。一歩踏み出せば,新たな出会いやチャンスも待っている。 輝ける未来に近づくこともできるだろう。残りの学生生活を楽しく有意義な時間にできるかどうかは 自分次第だ。君たちは今,まさにその岐路に立っている。