災害調査で得た教訓
教授 森山 修治
◆はじめに
“災害は忘れたころにやってくる”という格言がある。物理学者で文学者の寺田寅彦の言葉という。
東日本大震災(2011年)から6年がたち,震災の怖さや記憶が希薄になりつつあるように思える。昨年は
熊本地震が起こったが地理的に距離があるせいか今一つ現実感が薄かったようにも思える。筆者が大
規模災害の調査を始めたのは1995年の阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)の建築設備の地震被害調
査からであり,その後,2011年の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)や2016年の熊本地震の調査
に参加した。東日本大震災では,津波避難ビル注)の調査,官庁施設の地震・津波被害の調査に参加
した。津波の調査は津波避難ビルの設置が多かった宮城県・岩手県の6市町の現地調査を行い,自治
体の防災担当者や実際に避難した住民へのヒアリングを行った。被害の悲惨さもあり一番印象に残っ
ている調査である。本稿では津波被害の調査で印象に残った事例を紹介したい。
◆津波と地形・避難
津波の尺度としては“高さ”が用いられる場合が多いが,津波高さ,すなわち津波浸水深には地形
が大きく影響する。また津波からの避難に関しても地形は大きく影響する。たとえば平野部では津波
浸水深が小さいが安全な高台までの距離が遠くなり避難に時間がかかる場合が多い。山に囲まれたリ
アス式海岸では,津波浸水深が大きくなるが,安全な高台までの距離が短くなる場合が多い。調査地
のなかでは石巻市が前者,南三陸町が後者に該当する。これらの調査から,地形や避難に大きく関係
する事例を紹介する。
◆“車”避難の難しさ
石巻市は仙台平野の東端に位置している。津波浸水深は2〜3m程度であったため2階建ての鉄骨
造建物が津波からの避難に利用されていた。一方,津波浸水地域から水がなかなか引かず,1週間以
上浸水地域内に孤立した小学校もあった。調査は避難する車で渋滞が生じた女川街道沿いの施設を対
象に実施した。2階建ての葬祭施設からは,目の前で車が次々と津波に流されていく様子が目撃され
ていた。施設内の避難者たちが力を合わせて,2階の窓からロープ状に結わいたカーテンで流されて
いく避難者を数名救助したそうである。同じ女川街道に面している平屋の大型店舗では,屋上の自走
式駐車場に車で避難して,そのまま1か月以上滞在した家族もいたとのこと。ある庁舎では同じ部署
の2人の女性職員が高台の同じ官舎へ自転車と車という別の手段で避難したが,車は渋滞に巻き込ま
れ,官舎に先にたどり着いたのは自転車のほうであったとのことである。それぞれ車避難の特徴が表
れている事例である。津波からの避難に車を利用するには渋滞のリスクが大きいことがわかる。高台
までの距離が大きい平野部では,特に高齢者や身障者のような災害時要支援者は車に依存するほかな
いであろうが,そのためには避難時に近所同士で相乗りするなどの渋滞緩和のための社会的なルール
造りが必要である。さらに,車を避難に使う場合には,いざとなれば空き地等に車を乗り捨て,早め
に近隣の建物や高台に避難する覚悟が必要である。
◆要介護者避難の難しさ
南三陸町はリアス式の凹部で周囲を山に囲まれている地形である。そのため,狭隘な谷間に水が集
中し,津波浸水深が10mを超えた。調査に向かう車中からは,海岸から離れた山間部の集落にまで津
波被害が及んでいるのを目の当たりにし衝撃を受けた記憶がある。一方,土地に傾斜があるため,震
災翌日には殆ど水が引いており,津波避難ビルから高台の避難所への徒歩避難が可能であったらしい。
南三陸町では2つの建物でのエピソードが印象に残った。まず公立病院である。重症の入院患者はも
ともと3階にいたが,防災無線による大津波の警報を受けて4階に移動した。しかしながら津波によ
り4階まで水没し,屋上などに避難できた患者や職員のみが助かった。この事例は災害時の要介護支
援者の避難,とりわけ階段を上昇しなければならない津波避難の難しさを示している。もう一つは公
立病院にほど近い町営住宅の例である。近隣住民や隣接する町立公民館で部活中だった高校生17人を
含む44人が,4階建ての屋上で膝まで水に漬かりながら一夜を過ごし全員が助かった。高校生たちは
地震直後に公民館の職員に町営住宅の屋上に誘導されたとのことであり,適切な判断に基づく誘導が
被害を少なくする好例であろう。翌日の昼頃に,高校生たちは水の引いた瓦礫の中を歩いて避難所ま
で無事に移動していった。
◆おわりに
多くの調査結果は,決断が早いほど,より安全な場所への避難が可能であることを示している。ま
た避難開始が遅れるほど避難に車を利用する傾向も見て取れた。当たり前ではあるが正確な情報入手
と適切な判断が生死を分けることになる。日頃からの“心の備え”が重要である。
注)津波避難ビル
津波避難ビルとは,津波時の避難所である高台が遠く,津波到達時までにたどり着けないと判断し
た避難住民が逃げ込むために自治体が指定している建物である。殆どの自治体が高台避難を優先とし
ており,津波避難ビルは一時的な避難場所である。
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