『少子高齢化と人口減の下での技術革新の重要性』

教授 大濱 嘉彦

 昨年から今年にかけて,石綿(アスベスト)による健康被害,構造計算書の偽造(耐震 偽装),多量の降雪による深刻な雪害など,建築に関係する大きな事件が相次いだ。中で も,一級建築士が,お金の前にその誇りを捨てた,構造計算書の偽造は,前代未聞の愚行 といわれても仕方があるまい。一方,このような暗いニュースだけではなく,一昨年から の自動車業界の好調に支えられて,我が国の景気は,徐々に回復傾向にあることは,極め て喜ばしい。この傾向で,建設業界も長い不況から,完全に脱することができれば幸いで ある。このように,最近の世相は,良い面と悪い面が相半ばする状況にあるが,先行きの 不透明感は,なかなかぬぐいきれない。このような目先の世相だけではなく,日本の社会 構造を根幹からゆるがす問題が進行しつつある。それは,これまでも問題視されてきた少 子高齢化に加えて,2005年10月実施の国勢調査によれば,日本の総人口(1億2775万6815 人)が1899年に人口統計を取り始めて以来,初めて「自然減」に転じたことである。既に, 我が国の経済と産業を支える生産年齢人口(15〜64歳)は,1996年から減少傾向に転じて いる。更に,通学しなく働きもしないニートが64万人,働くが定職を持たないフリーター が200万人を超える傾向にあり,若年労働者の減少が産業界にも大きな影響を与えている。 これまでヨーロッパ諸国では,労働力の不足を移民によって補ってきたが,この労働力確 保策は,移民を受け入れない日本の現状では不可能なことである。  少子高齢化と人口の自然減という背景の下で,資源に貧しい日本が,経済と産業を環境 に配慮しながら,持続可能な開発(sustainable development)を目指すには,科学技術の 抜本的な振興に力を注ぎ,産業創出の推進力又は牽引力である「技術革新(innovation)」 をもたらすことが不可欠である。絶えることのない「技術革新」こそが,強力な産業技術 競争力を生み出す源泉となり得るものと考えられる。我が国の場合,この産業技術競争力 で,知の国際的な大競争に打ち勝つ以外に進む道はないといっても過言ではあるまい。こ のような視点にたって,最近,政府の総合科学技術会議(議長,小泉首相)は,科学技術 創造立国の実現を目指すとして,2006年度から5年間にわたって実施する第三期科学技術 基本計画を策定した(日刊工業新聞2006年1月1日号,この基本計画の以下の概要も同紙か ら)。この第三期基本計画によれば,投資目標は総額25兆円で,投資の重点をモノからヒ ト,組織(機関)から個人へ転換し,又,システム改革の中心は,@多様な人材の育成・ 確保の促進,A絶えざる「技術革新」の創出,B科学技術振興のための基盤強化の三つと なっている。更に,戦略的重点化科学技術として,第二期基本計画で定めたものと合わせ て,「ライフサイエンス」,「情報・通信」,「環境」,「ナノテクノロジー・材料」, 「エネルギー」,「ものづくり技術」,「社会基盤」及び「フロンティア」の8分野を設 定している。第三期基本計画の最大の目標は,「技術革新」を継続的に創出し,その成果 の社会への積極的な還元によって,新しい社会構造を創成することにあるといえる。  日本における今後の「技術革新」を推進するには,20世紀の工業化社会から21世紀の知 的/情報化社会への移行を十分に認識する必要がある。工業化社会では,主に,人間(ヒ ト),材料とエネルギーからなる資源(モノ)及び財源(カネ)があれば,産業技術競争 カを強化することができたが,知的/情報化社会では,これに,情報と地球環境保全を加 えた社会的資本が重要な役割を果たすことになってくる。当然のことながら,創造力や知 力を集約する知的/情報化社会が生まれることになる。知的/情報化社会では,工業化社 会とは異なる価値観の上に立ったパラダイムに飛躍的な転換を図る必要がある。この際, 単一民族国家に由来する日本人の古い思考風土を改め,本物志向に基づく新しい価値観を 導入する必要性が強調されねばなるまい。いずれにしても,「技術革新」創出の役割は, 理工科系大学や大学の理工科系学部にその多くを委ねられることになるので,本工学部も 含めて,このような大学では,知の国際的な競争力を高めるように努力し,「技術革新」 のための「人づくり」に専念すべきであると考える。そのような「人づくり」教育では, 学生が本物志向に目覚め,目的意識をもって,知を磨く意義を認識し,創造力が育成され なければならない。  学生諸君もこの拙文の意味をよく理解して頂き,勉学に励み,「技術革新」の担い手と なれる人になって頂きたい。そうでなければ,今日のような何不自由のない生活ができる 時代は長続きせず,学生諸君にとって,明るい未来は保障されないと思う。