『生き物との共生』

教授 若井正一

 最近,犬や猫などのペットを飼える「ペットマンション」が人気であると聞く。従来, 集合住宅の多くは,ペットの鳴き声や衛生上の問題などからペットを飼わないことが入 居条件となっているが,一人暮らしのお年寄りなどが,内緒で飼っていて,ペット嫌い の隣人たちとトラブルを起こすケースも少なくないようである。  住まいとペットの関係については,かつて卒研生たちと実態調査を行ったことがある。 まず,自宅で飼っているペットの種類や生活上の問題点などについて一般の人にアンケ ート調査を行うとともに,ペットショップや保健所での聞き込みなどを実施した。また, 早朝に犬の散歩をしている人から直接ヒアリング調査をするなど,予想以上に調査に苦 労した覚えがある。その結果,ペットを飼っている家は戸建住宅が多く,その種類は大 半が犬または猫であった。犬と猫の両方を飼っている場合もあるが,その他の主なペッ トは,小鳥,熱帯魚,は虫類などであった。  この犬や猫の種類には,流行があるようで,かつて室内犬としてよく飼われていたス ピッツなどは,鳴き声がうるさいという理由などであまり見かけなくなった。猫は,放 し飼いが多いせいか,近隣住民との衛生上のトラブルがしばしば指摘されたが,犬に比 べて法的な規制がほとんどないことは意外であった。ペットと共生することは今後とも 重要な課題であろうが,いずれにしても愛犬家、愛猫家のモラルが問われるところであ る。  そんな研究に明け暮れしていたある時,私の研究室に一匹の犬が迷い込んできて住み ついたことがある。ちなみに私の研究室の場所は,製図棟の3階にあるのだが,なぜか 毎朝のように階段を一目散に駆け上がってきて研究室のドアを前足で叩くのである。そ の犬は,茶色で毛足の短い中型の雑種犬で,顔が細長くて,しっぽが長いのが印象的で あった。首輪は付いていなかったが,とても人なつこい犬だったので,多分誰かに飼わ れていた犬だと思う。特に吠えることもなくおとなしい犬で,いつしか研究室の仲間入 りをしてしまった。  しかし,夜には研究室から出して外に放すのであるが,皆でかわいがったせいか,必 ず毎日来るようになった。しばらくして,誰かがその犬に「リッキー」という名前をつ けた。名前を呼ぶと嬉しそうに尾を振るようになった。研究室でゼミなどをしていても, 机の下で気にする様子もなく寝そべって,時にはイビキをかく有様である。  ある時には,私が講義に出掛けるのに一緒に教室までついてきて,教壇の脇でじっと 寝そべって聴講していた。その時は,さすがの私も,教室内に犬を入れると授業に支障 があるのではと,かなり躊躇したのだが,意外にも学生諸君は,私の飼い犬と思ったら しく,特に当惑した様子もなく,いつも通りに受講していた。  それから2〜3か月もすると「リッキー」の存在は,あまり気にならなくなった。し かし,朝一番の授業で早朝出勤した私の姿を見かけると,「リッキー」は,一気に私の 足元に走り寄ってきて,盛んにその長いしっぽを振るのだが,それがふくらはぎに当た ると鞭のようでとても痛かった。  そんな日々が続いていたある時,パッタリと「リッキー」の姿が見えなくなった。あ れだけ毎日来ていたので,交通事故にでもあったか,野犬狩りにでも捕まったかと,研 究室の皆で心配した。それからしばらくして,研究室の卒研生の一人が大学の近くで 「リッキー」に似た犬を見かけたという。その犬は,知らないおじさんに首輪を付けら れて散歩していた。彼が,その犬に向かって,「リッキー」と声を掛けたら,まったく 振り向きもせずに行ってしまったという。以来,「リッキー」は,私の研究室に来るこ とはなくなった。  その後,私の研究室では金魚を飼い始めた。初代の金魚は,誰かが夜店の金魚すくい で取ってきた数匹であった。小さな金魚鉢に入れて研究室中央にある机の上に置いてい たのだが,皆が交互に餌を与えたせいか,数ヶ月もしない内にみるみる大きくなった。 そこで45pの水槽に入れ替えて,水藻や酸素を発生する装置などを装備したところ,ほ どなく沢山の卵が生まれた。それらの多くは,親に食べられてしまったが,その後育っ た金魚たちは,さらに成長して,最終的には60pの水槽を2台購入する羽目になった。 その金魚たちは,残念ながら3代目で途絶えてしまった。  オフィスや老人ホームなどに犬や猫などの動物を放して,精神的なストレスなどを和 らげる「アニマルセラピー」という癒しの方法があるという。犬や猫の寿命は,その1 年が概ねヒトの7年に相当するといわれるが,多様な人間の生活場面における生き物と の共生について今後さらに深耕する必要があろう。 (大学院専攻主任)