『環境移行』

教授 若井正一

 誘われて大相撲五月場所の千秋楽に出掛けた。千秋楽の両国界隈は,相撲人気がやや 低調と言われる昨今,やはり,一種独特の雰囲気がある。当日は,優勝がかかった横綱 同士の大一番あるということで,早々と満員御礼の垂幕が下がった。テレビで観る大相 撲と違って,詳しい解説がないせいか,注意して観ていないと取組みは意外に淡々と進 んでいく。その国技館には,観客のざわめきの中に,東西の力士の名を呼ぶ呼出や行司 の張りのある声,勝ち力士の決まり手を知らせる場内アナウンス,観客席からの声援な どがこだまする。そんな雰囲気の中,人気力士が登場した時や熱戦があった時には,会 場全体が一瞬,大きな歓声に包まれる。  いつもより早めの中入りとなって,勝負審判が交替のために土俵周囲が少し静かになっ た頃,周囲の観客席から突然に大きな歓声が上がった。その歓声の主は,ロイヤルボッ クスに現われた「時の人」小泉首相に向けられたものであった。喧喧謂謂の自民党総裁 選の後に新首相となった小泉首相は,自らを変人と公言してはばからない。その変人の 意味は,「変革の人」なそうな。その人気は,すさまじいもので,会場の各所から「小 泉さ〜ん!」と,声が掛けられ,手が振られる度に,新首相も盛んに手を振って応えて いた。この光景は,最後の大一番まで,土俵の取組みの合間ごとに何度も繰り返された。  さて,千秋楽の大一番は,貴乃花が武蔵丸にあっさりと負けて,優勝決定戦となり, そこで貴乃花が逆転優勝したのはご承知のとおりである。この時の小泉首相の様子は, まさにロイヤルボックスから身を乗り出し小躍りしていた。その後,土俵上で自らの手 から総理大臣杯を渡す際に,「感動した!」と発言した場面は,テレビなどで何度も報 道された。新首相が日本の景気低迷の救世主となれるかどうかは,今後の動向を慎重に 見極めなければならないが,間近にみた今回の光景から,今までの政治家のイメージと は何か異なる新しい息吹を感じたひと時であった。この大相撲でのエピソードを本学の F教授に何気なく話したところ,なんと小泉首相は高校時代の同級生だったということ で,一緒に撮った最近の写真を見せられた。世の中は,実に狭いものだと,痛感した。  さて,本学科のカリキュラムは,この4月から新たに4つのコース制となった。この 新コースを履修するのは今年入学した1年生からなので,その成果の程は数年後のこと になる。また,2年生以上にとっても,この4月から設計演習関係の教育環境が大きく 変わった。それは,製図板を前にした設計教育から建築CADによるパソコンを使った 設計教育への変革である。この設計教育の体制を変えることについては,情報分野の急 速な進展を背景にして,設計担当教員の間でも何度か論議を重ねた。その結果,新カリ キュラムの導入に合わせる形で,現有の3つの製図室を全面的に建築CAD室に改造し て,各室に40台,計120台のパソコンを配備した。一部に製図板を残しているが,ハー ド面ではCADによる設計教育の環境がほぼ整備された。これは,本学科のみならず学 部当局にとってもかなりの英断であったが,今後,ソフト面の指導体制が整うに従い, 必ずやその成果が表れるものと確信している。  今回,本学科が設計教育にCADを導入したことは,特別なことではない。すでに, 建築系の学科を持つ大学の多くがCADによる設計教育を導入しており,建築設計事務 所等の実務設計の現場ではCADによる設計が当たり前のこととなっている。それから 考えると,本学科の導入はむしろ遅い方かも知れない。今後,設計教育の分野ではコン ピュータを利用した情報技術が,一層進化することが予測される。しかし,手描きによ る建築設計を学んできた世代にとっては,急速な設計環境の変化を憂える者も少なくな いようだ。筆者自身も手描きによる設計教育を受けた一人であるが,縁があって数年前 から,文部科学省の外郭団体である私立大学情報教育協会において建築の各専門分野に 情報教育を推進する研究委員を拝命している。その研究活動の中で,最新のコンピュー タ・システムを各大学が次々と導入する動向をいつも横目で見ながら悔しい思いをして いたのである。  人間の環境は,絶えず変化する。この「環境移行」の多様な場面には,その前後の変 化を読み取る面白さが潜んでいて,大いに研究上の興味がそそられる。特に,建築的な 場面に「環境移行」が多いようだ。